アウトレットモール専業のデベロッパー「三菱地所・サイモン」が、温故知新で挑む未来のカスタマーフォーカス(前編)

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三菱地所・サイモン株式会社


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2025年、アメリカ発祥のプレミアム・アウトレットは日本に上陸してから25周年という四半世紀の節目を迎えました。この記念すべき年に、私たち三菱地所・サイモン株式会社が改めて向き合ったもの、それはこれまでの歴史と「ルーツ」です。


本稿では、御殿場プレミアム・アウトレット開業直前の熱狂から現在までを見つめ続けた佐竹広報部長の言葉を通じ、【前編】で成功の原点となったプレミアム・アウトレットのルーツを、そして【後編】ではアウトレットモール専業の中小企業ならではの「一気通貫」の強さと「Customer Focus(カスタマーフォーカス)」を大切にした未来への挑戦を掘り下げます。


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<「プレミアム・アウトレット」のルーツ>

--いま改めて「プレミアム・アウトレット」の歴史とルーツを振り返った理由を教えてください。


2025年がプレミアム・アウトレット日本上陸25周年だったため、振り返る機会が多くありました。やはり「四半世紀」という言葉の持つ区切りと重みが、振り返るにふさわしい節目だったと認識しています。その中で、古参社員の私でさえ忘れていたり、知らなかった私たちのルーツが再認識され、新しい社員にとっては新鮮な発見となる情報が数多く掘り起こされたんです。

この情報を共有することが社員の知識の厚みを増し、新しいアイデアや挑戦が生まれ、今後の活動の幅を広げるのでは、と思い至りました。古い考えを押し付けるつもりはありませんが、「なぜプレミアム・アウトレットが現在のような形になったのか」という起源や、ジョイントベンチャーとしてのルーツを知ることが、今後の新しい発展に寄与するのではないかと考えています。

そして、このまま埋もれさせてしまわないよう記録に残しておきたいという思いがあり、社員やご家族向けの25周年記念冊子も作成して社内に配布しました。



--そもそも「プレミアム・アウトレット」という名前はどのように生まれましたか?


当社設立時の株主であった Chelsea Property Group(以下、チェルシー社)がアメリカで初めて手掛けたアウトレットモールは、1980年に開業した「Liberty Village(リバティーヴィレッジ)」です。本施設は、現在の主流となっている「ヴィレッジスタイル」を採用した初のアウトレットモールと言われています。


1980年代以降、アメリカではアウトレット施設が各社によって次々と開発されましたが、当時は「低価格」を前面に打ち出す一方で、ショッピング環境への配慮は必ずしも十分とは言えない施設が多くを占めていました。

こうした状況の中、チェルシー社は他社との差別化を図るべく、「テーマ性のある街並みを再現した美しいヴィレッジスタイルの建物の中で、厳選したブランドミックスと質の高いサービスを提供する」というコンセプトのもと、リブランディングを推進。1996年から1997年にかけて、同社のアウトレットモールは順次「プレミアム・アウトレット」へとブランド名を刷新していきました。



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現在のWoodbury Common Premium Outlets®の様子。美しいヴィレッジスタイルの屋外空間へのこだわりは日本のプレミアム・アウトレットにも引き継がれている。


<日本におけるアウトレットモールの歴史>

--佐竹部長が入社した2000年5月当時の雰囲気を教えてください。


私が入社したのは、御殿場プレミアム・アウトレットの開業を2か月後に控えた時期で、現場はもうてんやわんやでした。例えるなら、文化祭の追い込み前夜のようで、まさに「猫の手も借りたい」「人を増やしたい」という状況ですね。会社もできたばかりなので、部署を超えて全員が手探り。社長や役員も遅くまで残り、夜遅くに皆で食事をするなど、一体感のある熱狂的な日々を過ごしていました。パソコンが部署に一台あるかないかという会社も多かった時代なので、ほとんどの連絡は電話とFAXがメインの、まさに泥臭い時代でした。



--開業当初、日本市場のアウトレットモールへの認識や空気感はどうでしたか?


日本において、アウトレットモールはまだ一般的に浸透しておらず、知っている方でも“安価な在庫処分場のようなもの”という認識を持たれていることが少なくありませんでした。特にブランド側は、百貨店や直営店など正規価格で販売する店舗との兼ね合いから、ブランド名を伏せた形でアウトレットモール用の屋号をつけて出店せざるを得ないというケースが、先行して開業していた他社アウトレットモールで見られました。



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御殿場プレミアム・アウトレット開業時(2000年)の様子



--その中で貫いてきたポリシーは何ですか?


アメリカから進出したプレミアム・アウトレットは強いポリシーとして「ワンブランド・ワンショップ」、看板にはブランド名を出すことを掲げました。コンセプトは「人気ブランドの商品を毎日お得に買える」というものなので、どのブランドが出店しているかを明確に示すことが重要であり、リーシング部はこのコンセプトを貫くため、とても熱心に各ブランドと交渉を続けていました。


<成功を支えた「3つのこだわり」>

---ブランド側の認識が変わっていったのは、いつ頃からですか?


やはり、アウトレットモールが支持され、たくさんのお客さまが来られるようになった2000年代後半からでしょうか。日本全体でアウトレットモールの施設数が急激に増え、お客さまの身近なものになっていったことが大きいです。私たちだけでなく競合他社も多くの施設を開業させていったことで、アウトレットモールというビジネスモデルが社会に浸透していきました。


2007年に神戸三田プレミアム・アウトレット(兵庫県)が開業した際に、開業時から多くのラグジュアリーブランドにも出店していただいたことは、ブランド側の認識が大きく変わった象徴的な出来事だったと思います。それまで「アウトレットモールに出店していることすら言わないで欲しい」というブランドが多かった中で、徐々に取材に協力してくださるブランドも増えていきました。



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神戸三田プレミアム・アウトレット開業時(2007年)の様子



--日本にアウトレットモールが定着していく中で、消費やマーケットの変化にどのように対応していったのでしょうか?


プレミアム・アウトレットの成功は「3つのこだわり」に支えられています。

それは、都心から離れたオープンエアの中に広がる「日常を忘れる空間」、ラグジュアリーブランドから生活雑貨、グルメまでバラエティに富んだ店舗での「誰かと共有したくなる買い物体験」、体験型イベントや地域と連携した企画等、テナントの皆様とも一体となったホスピタリティ溢れる「いつか、どこかで思い出すサービス」の3つです。

これらを通してお客さまに価値ある「時間」を提供することを目指しています。これらは開業以来受け継がれた精神が時代と共にブラッシュアップされたもので、改めて2024年度に当社内でも「Our Value(提供価値)」として整理されました。


2000年当時、初代の社長は開業当初からプレミアム・アウトレットを「1日を費やすお出かけの場所」と位置づけ、「単なる買い物場所ではなく、家を出てから帰ってくるまでが『プレミアム・アウトレット・ショッピング・エクスペリエンス』である」というチェルシー社の教えを徹底しました。

折しも、長引くデフレが続く中、2000年代後半にはETCの休日割引やハッピーマンデーの浸透などによる「おでかけムード」の広がりが追い風となり、成長を加速させたと思います。


<他社に先駆けたインバウンド戦略>

--インバウンドへの取り組みで、特に印象的な「区切り」や「転機」はありますか。

もともとチェルシー社の立地戦略の一つに「観光地周辺」というものがあり、私たちも観光客を集客することの重要性を教えられていました。そのため初期のマーケティング活動では、とにかく観光バス誘致のため、旅行会社への営業を熱心に行っていました。

商業施設に観光バスが何十台も連なるというのは当時の日本では画期的であり、競合他社と大きく異なるところでした。



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あみプレミアム・アウトレット(茨城県)での観光バス誘致の様子


また、2004年に香港へのビザ緩和が始まり香港からの観光客が増えたことから、インバウンド市場が長期的な柱になると判断し、2006年には1商業施設としては非常に珍しい取り組みとして、初めて「海外旅行博」に出展しました。


その後も地道に活動を続けていましたが、国が訪日外国人誘致に本腰を入れ始めた時期に合わせ、「マーケティング活動だけでなく、受け入れ体制の整備も強化しなければならない」という考えのもと、集客とサービス拡充を両輪で動かすためのインバウンド特化プロジェクト「インターナショナル・ツアー・マーケティング・グループ」を2014年に発足させました。

このプロジェクトの発足は、多言語のウェブサイトやクーポンの展開などを早期から行っていた私たちが得意とする分野で本格的に勝負に出たものであり、他社に先駆けた取り組みだったと自負しています。


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チェルシー社の教えを時代の流れに合わせて磨き続けながら、お客さまに価値ある時間を提供してきたプレミアム・アウトレット。後編では、アウトレットモール専業のデベロッパーである三菱地所・サイモンならではの「一気通貫」の強さに迫ります。


【プロフィール】

佐竹 香里(三菱地所・サイモン株式会社 広報部長)

2000年5月、チェルシージャパン株式会社(現:三菱地所・サイモン)で業務開始。

マーケティング部長を経て、2019年広報部設立に合わせ広報部長就任、現在に至る。


▼後編はこちら

(後編)アウトレットモール専業のデベロッパー「三菱地所・サイモン」が、温故知新で挑む未来のカスタマーフォーカス( https://prtimes.jp/story/detail/dBL6Y3c2Y1r )


▼三菱地所・サイモン㈱事業紹介 参考ページはこちら

https://mes.premiumoutlets.co.jp/business/aboutoutlets/( https://mes.premiumoutlets.co.jp/business/aboutoutlets/ )