−この20年は早かったですか?
「あっという間だったね。情熱をもってオレはやってきたから。(デビューとなった)日曜の試合で自分が出るとは思わなかった。実際、ボスコフ監督がオレを呼んだときも、彼はムッツィに言っているのだと思ったんだ。そしたら彼が、『監督が望んでいるのはお前だよ』と言ったんだよ」

−常にセンターフォワードとしてプレーしていたら、何ゴール決めていたでしょう?
「少なくとも300ゴールだね。すでにピオラの記録を抜いていたはずだ。今はフィジカルの問題がなく、このまま続けられることだけを願っている。1年後には契約も切れるしね」

−あなたは40歳まで現役を続けたいと望んでいます。今のところ、1年契約か2年契約は別にして、契約延長は形式的なことに過ぎないと思われますが?
「そうであることを願っている。来週、パッロッタ会長がローマに来るんだ。直接、それについて話すよ。とにかく、クラブが自分に信頼を示してくれていることはうれしい」

−リヴェーラ、マルディーニ、リーヴァ、マッツォーラ、アントニョーニ、デル・ピエーロ。イタリアでは、バンディエーラたちがキャリア終盤に追いやられることが少なくありません。
「多くを費やした人たちのことを追いやるのは、正しいことじゃない。自分が例外となれるように願っている」

−想像も含めて、自分より強いと思うイタリア人選手は?
「誰もいない。数字が明確に物語っているからね」

−「彼がやることはオレには決してできないだろう」と思わせた選手は? また、対戦相手として、そしてチームメートとして、最も強かった選手は?
「最初のケースでは、一人だけだ。メッシだよ。対戦相手で最強だったのは、クリスティアーノ・ロナウドと言っておこう。チームメートではバティストゥータだ。ピッチでのフィーリングでは、カッサーノだね」

−ブッフォンはコンテ監督をベストの指揮官に選びました。あなたは?
「リッピだ。彼のようにカリスマ性を伝えていた人はいない。でも、カペッロも偉大だった。スパレッティもね。まだ連絡しているよ。彼をローマから追い出したのがオレだなんて、今でも言われるのは残念だな。彼の方がゼニトへ行くことを望んだんだ」

−どの監督と仕事をしてみたいですか?
「モウリーニョ」

−トリゴリアでは敬意を払うに値する監督たちが育ちました。モンテッラやストラマッチョーニのことです。彼らを戻したいと思いますか? たとえば、あなたが幹部になったときにでも…。
「選手としても彼らとやることだってあり得るよ。サッカーではすべてがあり得るんだ。彼らとは素晴らしい関係にある。ヴィンチェンツォとはより付き合いがあるな。妻同士も友人だからね」

−ですが、今はアンドレアッツォーリ監督がうまくやっています。チャンピオンズリーグ出場権獲得は可能でしょうか?
「オレたちだけで決まることじゃない。トライはする。でも、現実的になる必要があるよ。目標はヨーロッパリーグだ。ローマのようなチームが欧州から遠ざかることはできない。とにかく、アンドレアッツォーリ監督とはうまくいっているね。彼はトリゴリアのAからZまで知っているんだ。それに、勝利が続いているなら、彼があらゆる面で正しいということだよ。ただ、来年は2位、3位以内を争わなければいけない」

−一部のチームメートは、ゼーマン監督の退任を解放のようにとらえました。彼は考えを伝えることができなかったのでしょうか?
「誰にだって長所と欠点がある。結局、物事がうまくいかなければ、監督が代償を払うことになるんだ。それはみんな知っている。でも、オレたち全員がそれぞれ100%を出していたら、違うことになっていたんじゃないかな」

−1997年、ビアンチ監督が望んだように、あなたがサンプドリアへ売られていたら、やはり違っていたでしょうか?
「そうだね。彼はローマ人が耐えられなかったんだ。ミニゲームだって、『ローマ人対それ以外』だったんだよ。ジェノヴァに行っていたら、もう戻っていなかっただろうし、今はローマから遠ざかっていただろうな。その数年後にも、オレはレアル・マドリーに行くことを決めていたんだけど、センシ会長から契約を提示されて、私生活のこともあって、ここに残ることにした。それを後悔したことはない」