6月にオランダ・ベルギーご訪問

写真拡大

オランダ・ベルギーご訪問の意味

 6月に予定されている天皇皇后両陛下のオランダ・ベルギーご歴訪は、外務省が描く皇室外交の今後の行方に、実は大きな意味を持っている。

【写真7枚】当時8歳「愛子さま」と子猫のふれあい、乳牛に向けられた「雅子さま」の柔らかいまなざし…“動物愛”あふれる天皇ご一家

 天皇・皇族の外遊は、世界平和を希求する日本の姿勢を国際的にアピールする重要な手段である。さらに、防衛力を米国に全面的に依存しながら、世界第5位の経済大国へと転落。退潮傾向にある日本の切り札と、自民党政権はみなしている。

 重要度を増す日豪関係の強化に向けて、天皇家の長女・愛子さまの豪州訪問を模索していた高市早苗政権は、皇室の政治利用批判の高まりを懸念して本年は回避する方向となったが、宮内庁関係者は「総理周辺が皇室外交を政権維持のメソッド(有効手段)とみなしていることは確実でしょう」と推察する。

6月にオランダ・ベルギーご訪問

 年明けに打って出た解散総選挙に圧勝したことで、長期政権も視野に入る中、高市首相は当面の目標として、来年9月の自民党総裁の任期満了まで、様々な政策に着手することになるだろう。

 G7(主要7ケ国首脳会談)の一角を占めるEU(欧州連合)の本部があるブリュッセルを首都とするベルギー。EU最大の港であり、NATO(北大西洋条約機構)の軍事物流の拠点でもあるロッテルダム港を抱えるオランダ――両国との絆を深める皇室外交は、NATO脱退をちらつかせ、トランプ関税やナフサショックで世界各国に動揺を与える“ドナルド劇場”に世界が翻弄される中で、外務省が選択した重要な施策だったと言える。現政権が狙う次の一手とは何か。2回に分けてリポートしたい(前後編の前編)。

宮内庁とは温度差

 天皇・皇族による外遊の意義を考えるには、まず「皇室外交」という言葉の意味を正確に理解する必要があるだろう。

 日本国憲法は第4条で「天皇は(中略)国政に関する権能を有しない」と規定していることから、宮内庁は天皇・皇族の国際親善を「外国との交渉や合意」を意味する政治用語の「外交」ではない、との立場をとる。このため「皇室外交」という言葉は、宮内庁では一切使用していない。一方で外務省は皇室の国際親善を「極めて有効な外交手段の一つ」とみなす傾向が強い。前出の宮内庁関係者はこう語る。

「国際親善に対する考え方が、当庁(宮内庁)と外務省で決定的に異なることは事実。いつも板挟みになるのは、外務省で皇室関連を取り仕切る儀典長だと思います」

 儀典長は、天皇をはじめとする皇室のメンバーと外国要人との橋渡しを担い、全責任を負う要職だ。1969年、外務省にありながら省名を冠さない次官級ポストに格上げされた。宮内庁に所属しながら、庁名を冠しない侍従長と似たこうした特別扱いは、戦前の内大臣のような天皇の最側近の一人という立場ならでは、と言えた。

 だが2004年には局長級に再び格下げとなり、このため「外遊先の選定には、外務省を通じて内閣の意向が反映されやすい状況が生まれている」(同関係者)との見方もある。儀典長を支えるのが儀典官室。旧賀陽宮家(現・賀陽家)の当主で、天皇陛下のご学友だった賀陽正憲氏が、宮内庁入庁後に外務省へ出向して所属していたことも、かつてはあった。

 前出の関係者は「外務省さんが国際親善の柱に据えていると思われるのは、最大の同盟国ですから当然でしょうけれども、やはりまずは対米関係です。そして歴史問題を共に抱える中・韓。またドルと並ぶ国際基軸通貨を擁し、G7のメンバーでもあるEUとの関係です。さらには、経済発展が目覚ましいブリックス(BRICS=ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)諸国、なかでも中国を抜いて世界最多の人口を抱えるインドと第7位のブラジルの両国だと言えるでしょう」と話すが、外務省と思いが一致していることもあるという。

訪中は失敗だった?

「外務省さんの短期展望では、トランプ氏が現職の大統領であるうちは、天皇皇后両陛下の訪米はまずありえないでしょう。皇室の国際的な信用が、思わぬ形でトランプ氏に対中や対露のディール(取引)に利用される事態は避けたいからです。そこはうち(宮内庁)とも意見が一致するところなのです」

 一方で、中韓との関係に目を転じると、上皇陛下のかつてのご訪中を“大失敗だったのでは”と捉える国民が多いのに対し、外務省の受け止めは、やや異なるようだ。

 上皇陛下は1992年、歴代天皇として初めて中国大陸を訪問している。その3年前の1989年に起きた天安門事件で民主化運動を弾圧し、中国は西側諸国から経済制裁を受けていた。窮地に陥っていた中国政府が、事態を打開する目的で日中国交正常化20周年を利用。再三再四にわたって日本政府に訪中を要請し、実現にこぎ着けたものだ。

 世界に14億人の信徒を抱え「キリストの代理人」と呼ばれるローマ法王(教皇)。

 かつて世界最大の領土を誇り「太陽の沈まぬ帝国」と称された大英帝国を率いた英国王。

 それらと並び、国際的に尊崇の念を集めている「世界最古の王室」のトップである日本の天皇から中国政府は、「日本は中国国民に対し多大の苦難を与えた」とする反省の言質を得たことで、人権問題の“加害者”から“被害者”へと、立場を大転換させることに成功して、国際的孤立を脱した。

 この点について、「天皇の存在が、中国に都合よく利用された」とする評価が国内では一般的だが、外務省では失敗だった部分はあるものの、中国と対等な交渉を進める上で常に障壁となってきた「戦後のけじめ」を既成事実化することができたと、高く評価する向きが、確実にあるのだ。

 こうしたこともあって、外務省は韓国との「戦後のけじめ」についても長年、模索を続けている。韓国外務省は日本の「お代替わり」直前の2019年3月、過去の外交文書を公開。昭和天皇が吐血した1988年9月、当時の村田良平外務次官が韓国の李源京駐日大使に、即位が秒読み段階に入った皇太子(現在の上皇陛下)の速やかな韓国訪問の実現を「期待している」と述べたと記されていたことが、明らかになっている。

天皇家の課題は訪韓

 上皇陛下による訪韓は実現していないが、当時から外務省が天皇の訪中と並行して訪韓を模索してきた歴史的事実が窺える。また2005年1月には、日本経済新聞が皇太子夫妻(現在の天皇皇后両陛下)の韓国訪問が日本政府内で検討されていると報道している。訪問時期を「秋が有力」と具体的に示した上で「過去の歴史問題に対する謝罪発言も検討」とした。

 これも結果的に実現には至っていないが、外務省サイドが日韓国交正常化40周年を契機に「けじめ」を計画していた様子が見て取れる。さらには2015年3月、外務省の川村泰久外務報道官が記者会見で、4月に韓国・大邱で開かれた「第7回世界水フォーラム」について、主催者側から皇太子(同天皇陛下)に招待があったものの、日程の都合で出席を見合わせたことを明らかにしている。

 陛下は当時、国連の「水と衛生に関する諮問委員会」名誉総裁を務め、2003年と06年、09年の大会に出席していたものの、やはり訪韓は実現に至らなかった。しかし、外務省が天皇陛下の訪韓を中長期的には実現させる方向で地ならしを進めていることは間違いない。

「ですが、保守を打ち出す高市総理の政権下で歴史問題や領土問題に直結しかねない韓国への『けじめ』は不可能でしょう」(前出・関係者)

 では対米、対中・韓に続く課題であるEUとの連携、そしてブリックスとの経済協力に、皇室外交は今後どう影響するのだろうか(後編に続く)。

【後編は「天皇皇后両陛下『オランダ・ベルギー歴訪』に秘められた“2つの重要な意義” 重要性が増す“皇室外交”のいま」】

朝霞保人(あさか・やすひと)
皇室ジャーナリスト。紙媒体やWEBでロイヤルファミリーの記事などを執筆する。

デイリー新潮編集部