阪神戦連勝でも「阿部慎之助監督」の選手起用に目を疑う…現状3位もウカウカできぬ、勝てる試合は絶対に勝つべし【柴田勲のコラム】
中途半端な半速球はダメ
巨人が19試合を消化して10勝9敗、貯金1で3位にいる。首位のヤクルトとは4ゲーム差となった。
14日からの阪神戦に連勝したが(1試合は雨天中止)、ヤクルト3連戦を負け越して5試合を3勝2敗、まあ、この位置にいられるのも阪神戦の連勝が大きい。
19日のヤクルト第3戦、新人の増居翔太に5回まで2安打、終わってみればヤクルトの中継ぎ陣にかわされてこの2安打で終了した。これでは勝てない。
井上温大が3回を無安打に抑えていた。ところが4回に泉口友汰の失策と不運な内野安打で1死一、二塁、ホセ・オスナを迎えて一番やってはいけないことをやった。カウント1−1から内角高めのスライダーを左翼席に運ばれた。見たところ、すっぽ抜けだった。

私が最も本塁打を打ったのはスライダー、真っすぐ、あるいはフォークのすっぽ抜けだ。中途半端な半速球はダメだ。カウントを取る球ではない。
マルティネスは調整不足か?
井上は自分にとって一番の武器はなにかを考えた方がいい。真っすぐは150キロ、フォークも切れがある。あそこは外角低め、または内角低めへの真っすぐ、内角のフォークで打ち取る。
特に外国人選手は半速球を狙い打つ。巨人の両外国人選手もそうだし、ヤクルトのドミンゴ・サンタナにも言える。自分で一番だと思う球を打たれたら仕方がない。安易にカウントを稼ごうとしたら痛い目にあう。
前日の18日は抑えの切り札、ライデル・マルティネスが1点リードの9回に崩れて逆転サヨナラ負けした。丸山和郁に三盗されて慌てていた。カッとなっていたのが手に取るように分かった。
マルティネスで負けたのだから仕方ないけど、球が走っていなかった。勢いがなかった。いつもの自信満々ではなく、球が打者のベルト周辺に集まっていた。
キューバ代表としてWBCに参加して来日が遅れた。調整不足なのか、そのへんはハッキリ言えないが、ヤクルトの勢いにオドオドしていた印象だ。
阿部監督の目を疑う選手起用
冒頭で記したが阪神戦の連勝は大きかった。でも阿部慎之助監督の目を疑うような選手起用があった。
14日の初戦、2点リードの7回裏に左腕の北浦竜次をマウンドに送った。
2点リードは阪神相手には危ない。先頭打者が左の佐藤輝明だったこともあろうが、ここは同じ左腕なら10人中10人、だれが見ても中川皓太だろう。次打者は右の大山悠輔だ。抑えたら田中瑛斗、船迫大雅がいる。
こりゃ負けるなと思った。案の定、佐藤と大山の長短打で無死一、三塁となり、一死後に前川右京に適時打を浴びた。慌てて田中瑛斗を送った。二死二、三塁から代打・高寺望夢に逆転打を浴びた。
4日のDeNA戦(東京ドーム)でも同じようなことがあった(※)。ベンチに反省はないのか。
(※4点リードの8回、頭から北浦を起用したもののスンナリとはいかず、二死一、二塁となった。巨人ベンチは慌てて大勢をマウンドに送り、ことなきを得た)
「策士、策におぼれる」?
北浦は悪い言い方になるが、負けている試合で使う投手だ。基本的には田和廉、19日に投げたエルビス・ルシアーノと同じだ。使っても5点以上リードの場面だ。
幸いにも8回に大城卓三の同点弾、9回に松本剛の勝ち越し打でなんとか勝利をモノにしたが、負けていたらあまりにも大きな一敗だった。チームの勢いがそがれて翌日の勝利もなかったのではないか。責任問題になってもおかしくない。
「策士、策におぼれる」という言葉がある。北浦はご存じのように日本ハムを自由契約になった投手だ。阿部監督は意表を突く。または北浦を再生させて手腕があるところを見せたいのかもしれない。そう考えてしまう。
だが、今年は優勝したい。この試合は何としてでも勝ちたい。
そう思うのなら7、8回を大勢、9回をマルティネス、あるいは7回を大勢、8、9回をマルティネスに任せる。このくらいでなければダメだ。セーブシチュエーションなんて関係ない。
いま3位にいるのも下位の3チームが星の潰し合いをやっているからだ。ウカウカできない。
巨人はまずまずの位置にいるが
それにしてもヤクルトは池山隆寛新監督のもと、若手打者たちが振れている。先発陣が踏ん張って中継ぎ陣が応える。チーム防御率は12球団トップだ。いまがピークだろうが一番いい形だ。
以前に記したが30試合〜40試合を消化して今季の序列が見えてくる。巨人はまずまずの位置にいる。
勝てるときは絶対に勝つ。これを貫いてもらいたい。
(記録などは20日現在)
柴田 勲(しばた・いさお)1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会理事を務める。
デイリー新潮編集部
