「子の受験のために会社を辞めました…」増える“中受転職・離職” 親のキャリアも狂わせる伴走は是か非か
近年、首都圏で起きている、「中学受験ブーム」。都心ではクラスの6〜7割が中学受験をすることが珍しくなくなっている。
【漫画】「家族の恥部」として扱われ……教育虐待を受けた少女のその後
春は、受験を目指す家庭にとってスタートの時期だが、ブームの過熱に伴って起きているのが、親の「中受転職・休職・離職」の問題だ。
子供の中学受験をきっかけに、親がこれまでの働き方を大きく変えたり、休職したり、時には離職したりすることが起きているのである。
2人の子供を中学受験させた母親は次のように話す。
「上の子が小6の夏休みになった時に、仕事との両立はもう限界だと思って会社を辞めました。サポートが追い付かないからです。私の判断が遅れたせいで、上の子は第三志望しか合格できませんでしたが、その代わりに下の子は2年間みっちりサポートしたことで第一志望に合格できました」

企業によっては、社員が子どもの中学受験のサポートをするために、休職を認めるところも出てきているという。
現在、「コミックバンチKai」で連載し、大きな話題になっているのが漫画『教育虐待――子供を壊す「教育熱心」な親たち』だ。本作では、受験や学校にまつわる闇が数多描かれてきた。
その一つである「中受転職・休職・離職」の現状について考えてみたい。
給料は下がっても「息子の受験」のために転職した父
中学受験に臨む子供の親は、まさに働き盛りの年齢だといえる。30歳で産んだとしても、40歳そこそこだ。
キャリアの中ではもっとも脂の乗り切った時期に、親は子供の中学受験をきっかけに、どのように働き方を変えるのだろう。
2年前に長男の中学受験を終えた父親は言う。
「僕は技術職で毎朝8時に会社に到着して、帰宅は午後10時前後の生活をしていました。息子は小3から進学塾に通っていたにもかかわらず、6年になっても学力が伸び悩んでいました。
妻はサービス業で午後6時には帰宅できましたが、専門学校の出なので勉強を教えることはできませんでした。それで僕が5月にリモート勤務の仕事に転職し、息子が帰宅後に付きっきりで勉強をみることにしたんです。
僕は中学受験の経験があり、一応上智大卒です。息子は第二志望に合格しました。僕がそうしていなければ受験は全敗だったはずです。転職で給料は下がりましたが、子供の人生がうまくいけば僕の老後も安泰なので将来の投資と考えています」
この父親は現在、3歳下の長女の中学受験に意気込んでいる。目下の目的は息子が失敗した第一志望への合格だそうだ。
他方、中受のために仕事を辞めたケースもある。長女と次女を中学受験させた別の父親の場合は次のように話す。
「うちは僕が田舎で育って中受とは無縁だったので、経験のある妻が教えることになりました。ただ、仕事との両立が難しく、半年間休職することにしたんです。でも、それで長女が落ちてしまった。
妻は『リベンジする』と会社を辞めて、小5から次女の勉強を塾とは別に日に4〜5時間見ていました。おかげで次女の方は志望校に合格することができたんです。その後、妻は元の会社に再雇用してもらえましたが、同じ中受を機に仕事を辞めたママ友の中には再就職がうまくいかなくて辛い思いをしている人もいるみたいです」
親も参加させる業界の「構造」
子供に中学受験をさせたことで、キャリアを途中で中断しなければならないケースは少なくない。なぜなのか。
背景には、現在の中学受験の特殊な構造がある。
かつて中学受験は経済力のある一部の家庭、あるいは生まれつき勉強の得意な子が行う限定的なものだった。スタートは5年生で、6年生からでも間に合った。
ところが、現在は少子化によって、塾業界はできるだけ早いうちから子供を取り囲み、長く塾通いをさせることで利益を上げるビジネススタイルになった。遅くても小4、早ければ小1から塾に通わせる。
ただし、子供の自助努力だけではそれだけ長い期間勉強をつづけることができない。そこで親を巻き込む仕組みが生まれたのだ。
プリントの整理を親にやらせたり、大量の宿題を家庭で解かせたりすることで、「親子が共にする中受」というスタイルができ上がったのである。
この塾業界のシステムの光と影については、様々な角度から漫画『教育虐待』で検証しているので、参考にしてほしい。
ここで言えるのは、中学受験に巻き込まれることで、少なくない親のキャリアに影響が出ている点だ。
先の夫婦のように転職や休職の制度をうまく利用できればいいが、そうでない親も一定数存在する。ある父親は次のように話す。
「3人の子の中受を成功させるために妻は会社を辞めました。その際に再雇用の話もあったのですが、上司も変わってしまって話はなくなりました。それで一から就活をはじめたものの、前職の条件が良かったこともあって、収入は三分の一になりました。それで家計のプランが壊れて、生活を大幅に見直さなければならなくなりました」
都内の私立中学に通わせた場合、3年間の学費等は平均500万円ほどだ。夫婦どちらかの収入が大きく減れば、ダメージは相当なものなのだ。
非受験家庭への影響も
また、親が巻き込まれることで、受験をしない家庭にも別の影響が出るという。
小学生の少年野球や少年サッカーといった習い事は、親がコーチを務めることによって成り立っている。だが、子どもが小学5年生くらいになると、その親も一緒にやめてしまうため、活動が成り立たなくなるケースが相次いでいるのだ。
都内の少年野球チームの監督は次のように話していた。
「少年野球のチームは、大体3人くらいの親が中心になって、ギリギリのところで成り立っています。もしそのうち2人が子供の中受で抜けてしまえば、チーム運営は成り立たなくなります。そのため、これからという小学5年生くらいで、チームが解散することが増えているのです。もはや、都内では受験させずに伸び伸びと育てようということ自体ができなくなりつつあります」
中学受験が必ずしも悪いわけではない。受験に合ったタイプであれば、その挑戦には意義がある。
ただ、中学受験ブームが過熱すればするほど、親がそれに巻き込まれ、それまで築き上げてきたキャリアを手放したり、受験をしない子供の地域活動に影響を与えたりすることも出てくる。
問われるべきは、親を巻き込む中学受験のあり方なのか、それとも既存の働き方や地域活動のあり方なのか。議論が必要なテーマであることは疑いない。
石井光太(いしい こうた)
1977年、東京生まれ。2021年『こどもホスピスの奇跡』で新潮ドキュメント賞を受賞。主な著書に『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』『教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち』など。『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。マララ・ユスフザイさんの国連演説から考える』など児童書も多い。『ルポ スマホ育児が子供を壊す』(新潮社)はロングセラーとなっている。
デイリー新潮編集部
