外務省某審議官から借りた貴重な資料を引っ越しのときに……ベテランジャーナリストが紡ぐ「古書をめぐる思い出」

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筆者が最近読んだ安倍龍太郎の『ふたりの祖国』と船橋洋一著『戦後敗戦』には、米イェール大学教授だった朝河貫一が登場する。朝河は日露戦争後の1909年、国際協調に背を向け、満州進出を図る日本に警鐘を鳴らした人物として知られる。

前編記事『日露戦争後の1909年に発表された『日本之禍機』に再注目…今よみがえる米イェール大教授・朝河貫一の「警告」』より続く。

筆者の抱える恐れ

そして作家・安倍もジャーナリスト・船橋氏も朝河に言及するに当たって、共に『日本の禍機』(講談社学術文庫。1987年発行)を参考文献の第1に挙げている。筆者は今、罪悪感にとらわれているのだが、実は実業之日本社刊の原本(1909年発行)紛失の不祥事を犯したのではないかと恐れ慄いているのだ。

正直に言う。90年代後半、親しかった外務省某局審議官(当時)が「日本外交を理解するにはこの本が役立つよ」と省内図書室所蔵の同書を筆者に貸してくれた。同氏は局長、大使も歴任した元幹部だ。同氏の海外駐在ということもあって、一時、疎遠となった。そして借りた本の事を失念した。

予期せぬ古書の発見

十数年前に事務所を近場のビルに引っ越した際、大型ダンボール箱十数個に大量の本や資料などをリヤカーで何度も運んだ混乱によって、件の朝河本は行方不明となった。ちなみに、今なお開封していないダンボール箱が2個ある。

加えて2011年の「3・11東日本大震災」があった。床から天井まで壁一面に設置した本棚が幾つも倒れて大量の本も崩れ落ちた。要は、探し出す気力も失せたのだ。

それでも今回の2冊の秀逸本との遭遇もあり、今一度、朝河貫一の『日本之禍機』を手にしたいとの想いに促されて探した。

成果は無かった。しかし予期しなかった新手の古書が出てきたのだ。全く忘れていた一連の3冊(しかもそのうちの一冊に手紙が挟んであった)は広く外交に関わるものだった。

守屋榮夫の『我等の進むべき道』(蘆田書店。大正14年3月発行)、佐々木指月の『米國を放浪して』(日本評論社。大正10年7月発行)、小田久太郎の『商心遍路』(実業之日本社。昭和7年1月発行)である。

手紙の主、千葉清彦氏は『週刊ポスト』(1969年夏の創刊時の)ライターで早くに故郷に戻り、岩手県水沢市で古本屋を営みながら田舎の“楽でない”隠居生活を送っていた。

手紙からすると、2000年7月12日に筆者が講演で盛岡市に出向いた折に同氏のパートナーともども酒席に招いたことへの礼状である。手紙の巻末に一句あった。「たそかれは パリ、バリもなき 文月かな 二代目南蛮亭木魚」

少々、説明がいる。

われわれは「生かされている」

もちろん、パリもバリも地名だ。『ポスト』創刊時の担当編集者・岡本宏嗣氏が1972年春に「男は舞台で果てるべし」と言い残し、パリに発った。そして彼の地で21年3月に客死した。岡本氏を軸に千葉、筆者、次に紹介する冨田幹雄(ペンネーム夏文彦)の4人に通底するのは書籍・本なのだ。

一方、先述の荒れ放題の我が事務所内の探索を行っていたら、新たな本が出て来た。故冨田幹雄氏も『ポスト』創刊時のライターだ。それだけでない。岡本、千葉、冨田の3人組は60年代半ばから東京・早稲田の古本屋「浅川書店」に集う“同志”であった。

冨田氏は92年8月に亡くなる直前、神奈川県川崎市立病院の病床に、昨年12月に逝去したハリウッド映画監督・原田眞人氏の夫人・福田みずほ女史と筆者を招き、最後のお別れの儀式を催した。

その際、新宿ゴールデン街全盛期に「薔薇のトミイ」として名を馳せたことを彷彿させるかのようにニヤッと笑い、「おい歳、お前に用意したぞ」と、枕元にあったグレアム・グリーン全集/全25巻(早川書房)の第14巻の『おとなしいアメリカ人』(昭和59年4月再販発行)と同書(同年9月の改訂第一版発行)を差し出した。

かつて筆者が、グリーンの同書が大好きだと言ったのを覚えていたのだ。感涙した。

後年の99年初夏、カメラマンの山本晧一氏と同書の舞台となったベトナムのホーチミンシティ(旧サイゴン)に取材で訪れたが、真っ先に駆け付けたのはマジェスティック・ホテルのバーだった。

こうして思い出を紡いでいると、船橋氏が文中で紹介した、1973年の石油危機出来時に中曽根康弘元首相が放った言葉「われわれは、自分の力で『生きている』のではなくて、世界のすべての国から『生かされている』ことを身に沁みて感じさせられた」が心に刺さって離れない。

第3次オイル・ショックの真只中の今、ドナルド・トランプ米大統領にこの言葉を進呈しても詮無いことか……。

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