【未診断疾患】約3300人に1人…患者たちが直面する過酷な現実
症状は明らかに出ているのに病名がつかない…病名がないため指定難病等認定も得られない…周囲からの理解も得にくく孤独と戦う患者…現代の日本で起きている実情を伝える。
「テレ東プラス」は放送内容の一部を紹介する。
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ある病気に悩まされるAさん(24)。この日は3カ月に1度の定期検診で、国立研究開発法人「国立精神・神経医療研究センター病院」を訪れた。
Aさんは、中学生まで元気に歩いて学校に通っていたが、次第に転びやすくなり、手や足に力が入りにくい状態に。今では車いすや歩行器が手放せない。
Aさんのように原因や病名が特定されていない状態、それが「未診断疾患」。
主治医の脳神経小児科・本橋裕子医長は「脊髄小脳変性症のカテゴリーに入るのではないか。ただ、遺伝子の結果が出ているわけではないので、どういう経過を辿るか、どういうリハビリが良いのかが読みにくい、わかりにくいことが課題」と話す。
具体的な診断名がついてないことによって、正しい治療法や経過の予測が立てられないため、今出ている症状に対する対応に留まってしまうのだ。
こうしたケースは少なくないという。
「通常の診察や検査法、いろいろ駆使してもなかなか診断がつかないものを『未診断』という。2015〜2016年にかけて2回にわたって調査をした結果、約3万7000人がそういう状態で困っているというデータが出ている」(「国立精神・神経医療研究センター」理事長特任補佐・水澤英洋医師)。

全国に、約3300人に1人の割合でいるとされる未診断患者。国のプロジェクト「未診断疾患イニシアチブ「IRUD」では、全国各地に拠点病院や協力病院を設置し、未診断疾患の診断の確定を目指している。診断がつかないことでどんな問題があるのか――。
「診断がつかないと、良い治療ができない。診断がつくことによって病気のメカニズムがわかるので、それに従ってより適切な治療ができる。わかりやすく言うと“咳”。インフルエンザや風邪、それ以外に結核、肺がんという病気もある。見かけは同じ咳であっても、対応の仕方は全然違う。診断をつけるのはとても大事」(水澤医師)。
診断がつかないことで正しい治療が進まない――。未診断疾患は、患者にとっても医師にとっても、ゴールの見えない戦いなのだ。

「医者は早く所見を把握し、経過を理解して対応を先回りしたいと思っているが、(未診断疾患の場合は)それがしにくい。経過の見通しが立てられれば人生設計もしやすいが、それも読みづらいというのがつらい」(本橋医長)。
未診断疾患は診断がついていないため、当事者同士でつながることが難しく、孤立してしまうことが多いという。
「私だけじゃない」患者同士がつながるコミュニティの力

そんな未診断疾患に悩む人々のネットワークをつくる活動を行っているのが、北海道に住む山崎亮子さん(55)だ。山崎さんもまた、未診断疾患の当事者。免疫の異常から神経や筋肉に影響が出ていると考えられているそうだが、まだ診断名がついていない。

山崎さんは、夫と息子の3人暮らし。週2回の訪問看護を受けながら自宅で療養している。山崎さんの体に異変が現れたのは約16年前で、息子の颯太さんはまだ小学生だった。
「歩いていたら、足がだんだん前に出なくなった。ものすごく体が重くて、足が前に出ない。何もないところで転ぶ」(山崎さん)。

症状が出始めてから今までの間、10カ所以上の病院を巡り、さまざまな検査を受けた山崎さん。定期的にCT検査を受け続け、蓄積されたデータから肺の状態に変化が見つかった。肩甲骨周りのCTのデータを比べると、 約7年で肺の大きさが小さくなっているのがわかる。
しかし、その原因が神経の異常か筋肉の異常かはわからないそうで、医師からは人工呼吸器を勧められ、今では日常生活の一部になった。

「2〜3年後の自分はどうなっているのか、めちゃくちゃ怖かった。でも先生が『良い人工呼吸器があるから大丈夫』と言ったのは本当だった。きっとこの先も大丈夫」。

現在国内には、さまざまな難病や疾患に対して患者団体や支援団体が数多く存在しているが、未診断の患者はどの団体を頼ればいいのか――。
山崎さんはこうした状況を受けて、診断名のない人々の支えになれるようにと、患者や家族が交流し、支え合える情報交流コミュニティ「ゆるふプロジェクト」を立ち上げた。
「未診断が世の中に知られていなかった。今もほとんどの人が知らないと思う。そうなると、“私だけに起きた稀な出来事”になってしまう。でも団体になった時、私一人じゃない、稀な出来事ではないということを、対外的にも訴えるきっかけになり得るし、“私だけじゃなかったんだ”と励まし合える。似たような体験をしている方と話をしていたら、仕方がないことなんだなと思える」。

未診断患者だという南 摩周さん(30)も、山崎さんの団体に参加している一人だ。アートや音楽を通じた地域交流ボランティアをしながら、 夫・弘登さん(27)と2人で暮らしている。
南さんは、全国各地の病院でさまざまな検査を受けても診断名がつかず、 現在も未診断のまま。何の前触れもなく、突然手足の力が抜けてしまうなど、日常生活の中で予測できない発作が出てしまう。
「最初(の発作)は高校1年の時だった。いきなり玄関で動けなくなった。犬の散歩に行こうと思ったら、急に動けなくなって膝から崩れ落ちて…。救急車で運ばれたのが最初だった」。
南さんは大学に進学し、教員免許を取得するための教職課程を履修していたが、 体調面での心配から、教員への道を諦めることに。
大学卒業後は福祉に関わる会社に就職したが、その後、退職。 現在は自宅でできる仕事内容にセーブし、 体調に気をつけながら生活している。
この日も普段通り仕事をしていると、突然発作が。何の前触れもなく起きるという手の硬直や震え…。今はうまく付き合いながら日常を送るしかない。

大学院で南さんと同じ研究室にいた夫の弘登さんは、出会った当初、南さんの発作を目の当たりにした。
「何をすれば良いのだろうと頭が真っ白になった。世の中にはいろいろな病名があるが、ただそれに当てはまらないだけ。人間の体や心は一人一人違う。どういう不調が出て、どう付き合えば良いのか、人それぞれ全然違うと思う」。
自身の病気について、自ら研究もしている南さん。発症から10年以上、病気と向き合ってきた。
「いろいろなところで検査をして、最後に『てんかんセンター』で、10日間ぐらいのしんどい検査をした。これでわからなかったらどうしようもないから、もうやめようと決めて。そのしんどい検査を終えて、結局『何もわかりません』『何もできません』。“福祉サービスとかにつなげられるわけじゃないんだ”と思いながら途方に暮れて帰った」(南さん)。
名前はつかずとも確かに出てしまう症状…疾患を抱えながら共に生きていくしかない。

「せめてストレスや疲れとか、発作の一要因になり得るもの。何が要因になっているかわからないが、無い方が良いものを減らすために精神科にかかって、心のコントロールをしだした。でも今の日本社会は、精神疾患に対してまだまだスティグマ(差別や偏見)がある」。
南さんは葛藤を抱えながらも、今は精神疾患としての枠組みで福祉サービスを利用している。

自分の体に起きている疾患がわからないまま生き続ける。そこには、非常に大きな問題があると水澤医師は語る。果たしてその問題とは――。
続きは「TVer」で。
