書家の金澤翔子さん(左)と母・泰子さん(右)(撮影:藤澤靖子)

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2026年4月13日放送のNHK『あさイチ』のテーマは「うちの障害ある家族がおとなになりまして」。番組内では《ダウン症の書家》金澤翔子さんの転身も紹介。そこで翔子さんの母・泰子さんが、終活として喫茶店を開くことにした思いを語った『婦人公論』2025年7月号の記事を再配信いたします。*****大河ドラマ『平清盛』の題字を担当するなど、金澤翔子さんは書の世界で活躍してきた。ダウン症の翔子さんに書道を手ほどきしたのは、母・泰子さん。二人三脚で活動を続けてきたが、泰子さんは自分の没後、娘が書家として生きていくのは難しいと考えている。終活を始めた母と娘は喫茶店を開くことに――(構成:田中有 撮影:藤澤靖子)

【写真】喫茶店でウェイトレスとして働く翔子さん

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キラキラのネイルで憧れのウェイトレスに

――東急池上線久が原駅からほど近い商店街に「アトリエ翔子喫茶」はある。出迎えてくれたのは、金澤泰子さんと真紅のエプロン姿の金澤翔子さん。

泰子 本日は翔子の喫茶店にようこそいらっしゃいました。

翔子 いらっしゃいませ。

泰子 今日は愛媛からもお客さまが来てくださったんですよ。去年の12月にオープンして5ヵ月になりますが、翔子は一日も休まず、11時から18時まで働いています。お店とウェイトレスのお仕事、好きだもんね。

翔子 嬉しい。嬉しいです。毎日たのしくやってます。

泰子 そうね、楽しいよね。だって私、この子が書家になる前から、いつかはウェイトレスさんになれたらいいなと願っていて。ずっと育ててきましたから、接客業に向いているのはわかっていました。

高校時代に養護学校(現・特別支援学校)の実習でもウェイトレスをして、本当に楽しそうで。でも卒業後に希望した作業所には行けなかったのです。一方、保育園の頃に私の書道教室で始めた書道は、ずっと続けていました。

翔子が20歳になったら銀座で個展を開いてあげたい、と亡き夫と話していて。実際に開催したら、書のお仕事が一気に増えて……。そのまま書家としてやってきました。

翔子 これやりました。(きれいに結んだ髪をなであげる)

泰子 上手でしょ。毎朝自分で髪の毛、セットするの。今日はエプロンとおそろいの赤い髪飾りにしたのね。この飾りがわりと有名で、プレゼントにいただくから買ったことがなくて。翔子の引き出しにいっぱい、20個くらいだった?

翔子 (手を広げて)50。

泰子 あはは。何色が好きなんだっけ?

翔子 ピンク!

泰子 おしゃれになったんですよ。ねえ、今朝早起きして、ネイルしに行ったのよね。

翔子 ほら。(両手の爪を見せてにっこり)

泰子 そう、翔子の爪噛みの癖が、直ったんです。もう15年くらい、自分でも苦しんで、絆創膏を貼ってもやめられなかった。私の目の前ではしないんですけど、気がつくとかじってしまうのでいつも爪という爪がギザギザ。見ていて本当につらいものでした。それが今、こういうキラキラのネイルをして、毎日ぴっかぴかに輝いて働いている。

翔子は、「書道が好き」「楽しいです」って言いはしても、一切、つらいとか疲れたとかは聞いたことがありません。この子にはきっと特別な感性があって、母の私が悩むとか悲しむことが嫌なのね。

だから私、きれいな爪で楽しそうに働く娘を見ることができて、翔子が生まれてから40年間で今が一番幸せです。ね、翔ちゃん。この、赤にお星さまが入った爪も可愛いけど、次も決めてるんじゃない?

翔子 ブルー。ブルーがいい。

泰子 そうね。いろいろやりたいって言います。なんでも自分で考えてやっているのはすごい。翔子はひとり暮らしを始めてから、少しずつお金の仕組みもわかってきました。

数列には本当に弱かったんですけど、ここが開店した当初から、座席の位置と席番のB-1とかB-3を対応させて、「B-1、ブレンド、アールグレイ」って伝票に書いてオーダーを入れられたんです。すごいなと思って。

いざとなったら、現場で実践できる。ダウン症があっても、こうやってまだ成長し続けているんですよ。


次のネイルの色を聞かれて「ブルー。ブルーがいい。」と翔子さん

一日の始まりは母娘の電話から

――かつて「30歳になったらひとり暮らしをします」と公言していた翔子さん。泰子さんの心配をよそに、マンションに移って掃除、洗濯、料理もひとりでこなしてみせた。

翔子 誕生日、もうすぐだよ。40歳になります。6月12日は、焼肉なんです。

泰子 誕生日には毎年、翔子が大好きな旭(あさひ)くんをお招きして、焼肉屋さんに行くのが決まりになっています。旭くんが小学生の時に出会ってから10年、今はすらっと背の高いすてきなダンサーになっていて。最初に会った、まだ翔子より小さかった時からずーっと好きなんだよね。

翔子 うん、小さいときから。

泰子 今は同じビルの別の階に翔子と私それぞれの住まいがあるんですけど、行き来はあまりないですね。たまに待ち合わせて、外でご飯を食べるくらいかな。引っ越してからも、翔子はひとり暮らしをそのまま続けていて、朝もちゃんと自分で起きています。

翔子 9時におきます。音楽で。

泰子 スマホの曲で起きるのよね。

翔子 「ミッドナイトオイル」。

泰子 旭くんの曲なんですよ。

翔子 あー、持ってくる?

泰子 いいよいいよ、スマホ取ってこなくて。……それで、起きてから私に電話してきます。「おかあさま、元気?」とかって(笑)。ほら、朝は翔子ちゃん自分で作るじゃない、スムージー。いろんなもの入れて。

翔子 ブルーベリー!

泰子 お掃除もお洗濯も大好きだもんね。旭くんがいつ遊びに来るかわからないから、翔子のお部屋はいつでもきれい。

翔子 来るかもしれない。旭くん!(バッとテーブルに突っ伏す)

泰子 旭くんの話をすると、目がハートになる(笑)。身支度して、11時の開店からお店に出ています。厨房の人はお料理が上手だから、お昼のまかないも楽しみなんです。

翔子 まかない。ビーフシチューが食べたい、です。

<後編につづく>