(※画像はイメージです/PIXTA)

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株高に沸く昨今ですが、杉村太蔵氏は「いくらになったら売る」ではなく「いつになったら売る」という時間軸のシナリオを重視しています。そこで本記事では、杉村太蔵氏の著書『杉村太蔵の推し株「骨太」投資術』(文藝春秋)より一部を抜粋・編集し、稼いだお金を積極的に運用に回す重要性、そして杉村氏が描く80歳から段階的に現金化を開始し、100歳まで安心して過ごすための具体的な戦略を解説します。※株価等の情報はすべて、書籍執筆時(2025年11月)のものです。

杉村太蔵が株を売る日に夢見ていること

ここ最近の株高で「太蔵さん、儲かっているでしょう?」みたいな話をよくされます。

儲かっていないわけではありませんが、私の基本的な投資戦略は「いくらになったら売る」ではなく、「いつになったら売るか?」です。このシナリオが重要なんです。つまり、私は今、いくつかの銘柄を保有していますが、いくらになったら売る、などとはいっさい考えていません。

私が売るタイミング――それは70歳以上になってから、少しずつ保有している株を現金化しようと考えています。できれば70歳ではなく、75歳、80歳を過ぎてから少しずつ現金化して、100歳までは十分安心して過ごせるための資産を築くことが、最大のストラテジーになっています。だから今、日経平均株価が5万円になったからといって、今、大きな含み益が出ているからといって、まったく気にすることはないのです。

今、私はおかげさまでテレビのコメンテーターや講演のお仕事をいただいています。地方創生事業も手がけております。

こうして私自身が働いて収入がある今は、積極的にその稼いだお金を投資に回しています。ごく一部、短期的には必要な場合もあるので手元にいくらかの貯金は残していますが、インフレ時代、つまり実質金利がマイナスの状態での貯金は、長期的には資産が少しずつ減少していくだけですので、現金保有率はそれほど多くしないようにしています。

大事なことは、「いつになったら売る?」を考えることです。

最大の難問は、「私はいつ死ぬか?」です。私が死ぬタイミングでは、子どもたちにはいっさいの資産を残さずに死のうと思っています。死ぬタイミングで完全に資産を使いきって死にたいと考えています。そんなことができたら理想ですよね。

そこで、私は自分が110歳までは生きることを想定しています。先ほど申し上げたように、80歳で少しずつ現金化していくということは、80歳の段階で、あと30年は生きられる資産をつくる必要があるということです。

大事なことは80歳の私は、「いくらのお金があれば、幸せに暮らすことができるのか」ということですね。

自分が働いて得た「お金」に支えてもらう老後

80歳をすぎて、もう仕事もできなくなったら、もう一度、中退してしまった筑波大学体育専門学群に戻って、人生の最後には大学の卒業証書をもらってから死にたいという夢を持っています。つまり学生に戻る、ということですね。80歳をすぎた自分の肉体を使って、もう一度、体育学を学び直したい。卒論テーマは生涯スポーツと財政再建です。

ということは、私の老後は学生に戻るわけですから、学生としてやっていけるだけのお金があれば十分です。

大学を卒業したらどうするのでしょうか。大学はすこしゆっくり6年程度在籍しましょうか。卒業は86歳。次は大学院に行きましょう。8年くらいかけて博士論文でも書きましょうか?

94歳。もし、それでも元気でやる気に満ちあふれていたら、それこそドブ板選挙でもやって100歳で立候補しましょうか? 私は最年少当選を果たしましたので、前人未到の最年長当選を狙うのも、おもしろいかもしれません。

そのときのキャッチフレーズは「100歳! 若い力で日本を変える!」いかがでしょうか? 最高の人生プランですね。

結局、何が言いたいかと言いますと、将来のことは本当にわからないのです。どうせわからない将来を真剣に考えてもあまり意味はなく、想像していて思わず自分で噴き出してしまうような未来予想図を描く。そんなことで、私などは将来の漠然としているがゆえの不安が消えて、どこか「がんばるぞ!」という前向きな気持ちになります。

いずれにしても、自分で働いて得たお金、これは自分の大切な“我が子”です。自分の“子ども”が就職してほしい企業の株を買い、自分が75歳までは成長を楽しみにする。つまりは30年後ですね、その株には、大きく成長して私の老後を支えてほしい、できれば毎年仕送りしてこい、それが私の基本的な投資ストラテジーです。

杉村 太蔵

元衆議院議員/投資