人気芸人とも強盗事件を...日本中を震撼させた「ルフィグループ」幹部の「衝撃的な弁明と前科」
「自分は一番下だった…」
’22〜’23年にかけて広域強盗事件を起こした「ルフィグループ」。その幹部の一人である藤田聖也被告(41)の公判の判決が、本日言い渡される。
藤田被告は特殊詐欺のほか、当時90歳の女性が死亡した東京・狛江市の強盗致死事件など、7つの強盗事件で起訴されていた。起訴内容のうち、暴行するよう実行役に指示を飛ばしたことや、凶器を持っていくよう指示したことなど一部を否認。裁判の争点は、強盗罪に幇助がつくかどうか、という点が主だった。
小島智信被告(48)以来となる二人目の幹部の公判は、渡邉優樹被告(41)、「ルフィ」を名乗った今村磨人被告(41)ら残りの幹部が強盗事件に関して黙秘を続けていることでも注目を集めた。
しかし、1月26日から始まった藤田被告の公判は、強盗事件やグループの人間関係についてつまびらかに語られた、とは言い難かった。裁判官が藤田被告に証言の整合性を尋ねたり、検察官が「あなたは調書にサインしましたよね?」と改めて確認する場面もあった。
「4人の中で自分は一番下の立場だった。だから、自由はなかったですし、怖くて指示に従うしかなかった」
証言台に立った藤田被告は、度々そう訴えた。無期懲役を求刑した検察側に対し、弁護側は「藤田被告は従属的な立場であった」などとして、有期刑を求めている。
日本中を震撼させた犯罪グループの幹部は、法廷で何を語ったのか――。前編では、藤田被告のこれまでの「履歴書」やフィリピン・ビクータン収容所での生活などについて記していく。
人気芸人と強盗事件を…
1984年6月、藤田被告は北海道の函館市で生を受けた。函館に隣接する七飯町で公立の小中学校に通った後、函館市の公立高校に進学。卒業後は札幌市内の福祉系専門学校に進んだ。3年間の在学中に介護福祉士など複数の資格を取得しているが、卒業後は地元の不動産会社に就職している。
「不動産は儲かる」
当時、藤田被告はそう感じていたという。退職後は2年半ほど京都に移り住み、水商売の世界で働いている。その後、27歳で札幌に戻り、自ら不動産会社を立ち上げるべく金策に走る。その際に友人の紹介で出会ったのが、後に特殊詐欺グループのトップとなり、強盗事件にも関与した渡邉被告だった。
「不動産会社を立ち上げたい。カネが必要だから、いい仕事があれば紹介してほしい」
藤田被告の相談を受けて、渡邉被告は自身が経営するチャットレディの事務所で働くことを薦めた。チャットレディとは、男性がオンラインのチャット上で会話を楽しむサービスのことだ。
そこからしばらくすると、渡邉被告は休眠会社を買い取り、藤田被告と共同でさまざまなビジネスを開始。チャットレディの管理のほか、不動産業、コールセンターの運営、温泉の権利地の取得、水の販売、バー5〜6店舗の経営など、二人で幅広い事業を展開したという。
だが、’12年8月、渡邉被告らと共に札幌市内のホストの自宅へ強盗に入り現金1000万円が入った金庫を盗み出したことで、藤田被告の転落が始まる。この事件で渡邉被告に1年2ヵ月、別の傷害事件で執行猶予期間中であった藤田被告には3年6ヵ月の実刑判決が下った。事件について、藤田被告は法廷でこう話している。
「ボス(渡邉被告)の元カノがホストに暴力を振るわれて、金品も奪われた。相談を受けたボスは『カネを取り返してやる』となり、ボスと私とバーの従業員であり今は人気芸人となった男(注:本人の発言ではグループ名と芸名も明かしている)と、もう1人で話し合いのつもりで自宅に入った。
自宅にいなかったので、それなら『持ち出して売ろう』となった。その後、ボスは『主犯はこいつです』と私に罪をなすりつけてきました。納得はできませんでしたが、『出てきたら困らないようにカネを作っておく』と言われ、折れました」
33歳で出所すると、友人が経営する解体業者の現場工として働き始めた。その傍らでFXにも精を出し、それなりの利益を得たという。
しかし、現場作業中に膝の十字靭帯を損傷。全治1年間の大ケガを負う。ケガで気持ちが塞ぎがちだったこともあり、’19年7月に「気分転換で英語が通じるフィリピンに渡航した」というのが、藤田被告が主張する組織加入までの流れだ。
絶望的だった収容所生活
藤田被告は、フィリピンを訪れた目的はあくまで「旅行」と主張した。渡航後、渡邉被告が主な滞在先としていたカジノ内で二人は“偶然”遭遇し、誘われるままに詐欺のリクルーターとして働くようになった、などと証言。「カジノで会ったボスは、札幌時代とは格が違う人間になっていました」とも振り返っている。本人の主張によれば、藤田被告は’19年9月、リクルーターとして渡邉被告の組織に正式に加入したという。
藤田被告はグループですぐに大きな成果を出して、数ヵ月で幹部と目される存在になった。だが、組織においてリクルーターの地位は低く、自らの立場は「渡邉とは大きな開きがあった」と述べている。特殊詐欺で得たカネについては、1億2000万円支払われる予定だった「給与」のうち、9000万円が未払いだったとも主張した。
’21年2月、藤田被告にして「でっちあげ」という逮捕劇が起こる。滞在先のフィリピンのホテルで、入国管理局の職員に拘束されたのだ。4月になると広域強盗事件の舞台となるビクータン収容所に入れられた。時期は前後するが、今村被告、渡邉被告、小島被告とそこで再会を果たし、4人は強盗事件を共謀するようになった。
「想像を超えた絶望的な場所だった」
藤田被告はビクータン収容所をこう表現した。収容所の中では、日々を生き抜くことに必死だったという。嫌気が差した藤田被告は、知人のツテを辿ってスペインに脱走する計画を企てた。そのために必要となったのが、収容所の職員に払う多額の賄賂と逃走資金である。
しかし、収容後は以前のように特殊詐欺で資金を得ることは難しくなっていた。逃走資金を稼ぐため、覚醒剤ビジネスなどを企てるがことごとく失敗。資金の獲得に頭を悩ませていた藤田被告や渡邉被告らの目に付いたのが、収容所内で羽振りのいい生活を送っていた今村被告の姿だった。
’22年5月、京都市内の貴金属店で6900万円相当の腕時計が盗まれる事件が発生している。この事件に指示役として関与していたのが今村被告だった。
「今村を仲間に引き入れ、シャブ漬けにしてあいつのシノギを奪う」
藤田被告はここから、広域強盗事件に関与していく。
取材・文:栗田シメイ

