『花より男子』作者・神尾葉子 年に2回は子猫を産んでいた野良猫「まぜ子」。ある日、しゃがんで餌をやっている外国人の男性を見かけて…
世界累計発行部数6100万部を超えるという、少女漫画の金字塔『花より男子(だんご)』。実写ドラマも大ヒットし、松本潤演じる道明寺にときめいた記憶のある方も多いのではないでしょうか。そんな『花男』の作者・神尾葉子が、漫画家生活30年超の歩みと創作の裏側を初めて「言葉」で綴りました。今回は神尾さんの野良猫「まぜ子」とのエピソードを、初のエッセイ集『花より漫画』より一部を抜粋して紹介します。
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まぜ子とロバート
これは、4カ月にわたって1匹の猫「まぜ子」を追いかけた記録だ。当時、私は『虎と狼』という漫画を連載していて、それなりに忙しい日々を過ごしていた。
私の住んでいた地域には、年に2回は子猫を産む野良猫がいた。春になると、小さな子猫たちがちょろちょろと姿を見せる。でも、どこに隠れているのか、すぐに見えなくなる。誰かが保護したのか、それとも何かあったのか、わからないまま消えていく。
ある日、どこからともなく現れては、「フン」と人間を一いち瞥べつし、堂々とした足取りでキャットウォークを決めるメス猫を見つけた。この猫こそが、年に2回は子猫を産む野良猫こと「まぜ子」だった。茶色と黒が混ざったサビ柄だったので、私は勝手にそう名付けた。
春の夜、外から発情期の鳴き声が聞こえてくると、胸がざわついた。「また、まぜ子が子どもを産んでしまうのか……」と。
当時、私は3匹の猫を飼っていた。みんな、捨て猫か野良猫の出身だ。あるときは、ダンボールに入れられて捨てられていた7匹のうち、残っていた2匹を引き取った。またあるときは、母猫が突然、我が家の敷地内に置いていった4匹の子猫を保護し、そのうちの1匹をうちで飼い、残りはアシスタントのMちゃんや、母の友人たちにお願いして引き取ってもらった。
そんな経験があるからこそ、よくわかっている。子猫を誰かに譲るのは、想像以上に大変だ。このまままぜ子が子どもを産み続けたら、地域中が猫でいっぱいになってしまう。
近所には猫嫌いの人もいる。「無責任な餌やりはやめてください」「保健所に連れて行きます」といった貼り紙も、時折目にした。私は「なんとかしなければ」と、ときどき、まぜ子を探して近所をうろついていた。
そんなある日、視界の端にまぜ子の姿が映り、その前にしゃがんで餌をやっている人物がいた。白髪のロングヘアを後ろで束ねた、60歳くらいの外国人の男性だった。あの〈人間嫌いのまぜ子〉が、その人に頭をなでられている……触られている―えっ、この人、まぜ子の飼い主なの? 私はそっと近づき、声をかけた。
「すみません、ちょっとお聞きしたいんですけど……その猫、飼ってらっしゃるんですか?」
すると彼は驚いて立ち上がり、止めていた自転車に飛び乗った。
「ワタシノ猫ジャナイヨ!」
そう言って、勢いよくこぎ出した。私はとっさに、自転車の荷台に手をかけて引き止めた。
「ま、待ってください! 違うんです、責めようと思ったんじゃないんです!餌をあげてることを咎めたいわけじゃないんです!」
きっと、これまで何度も誰かに注意されていたのだろう。私は必死で伝えた。
「ただ、話を聞いてほしいんです!」
私の真剣な顔に押されたのか、男性は自転車を止めてくれた。

『花より漫画』(神尾葉子:著/KADOKAWA)
彼の名前はロバートさん。アメリカ出身で、日本にはもう30年以上住んでいるという。まぜ子とは少しずつ距離を縮めて、ようやく触れるまでの仲になったらしい。彼自身も、子猫が増え続けることに胸を痛めていた。
「じゃあ、こうしませんか? ロバートさんが朝、まぜ子を見つけて捕まえてくる。そして、私が病院に連れて行って手術する。費用は私が持ちます。オーケー?」
「オーケーイ。ヤリマショウ!」
ロバートさんはにかっと笑った。
こうして、4カ月間にわたる《まぜ子捕獲大作戦》が始まった。毎朝、私は動物病院に電話を入れる。「捕まえたらすぐ連れて行きます!」と伝えると、受付の方も「了解です。今日は手術枠、空いています」と予約を取ってくれた。そして午前10時まで、ロバートさんからの連絡を待つ。
「今日ハ、ミツカラナカッタヨー」
そのたびに、病院に「今日はダメでした」と電話を入れる。
何時に捕まるかわからないので、毎朝8時起床で待機。深夜まで漫画を描いていたので、睡眠時間は3時間ほど。フラフラだった。
「何やってるんだろ、私……」
そんなふうに思い始めたある日、ついに朗報が届いた。
「カミオサーン! ツカマエタヨー!」

(写真:stock.adobe.com)
家の前にロバートさんの自転車が止まり、荷台には私が貸したキャリーケース。中には、まぜ子がきょとんとした顔でちょこんと座っていた。
「うわあ! やったー! ロバートさん、ありがとうございます!」
私は大喜びして病院に連絡を入れた。
「ちょっと待って、記念に写真撮らせてください!」
スマホを取り出し、キャリーに向けると、ロバートさんが言った。
「コノ扉ガ、ジャマネ。撮リニクイ」
そう言って、キャリーの扉を―パカッと開けた。
その瞬間、まぜ子はビューンと飛び出し、私たちの間をすり抜けて逃げ去った。
「えっ? え? ロ、ロバートさん……?」
「アァー……シッパイネ」
私はその場に崩れ落ちそうになった。すでに作戦開始から2カ月がたっていた。
夏が過ぎ、秋風が吹き始めた頃、ようやく再び捕獲に成功。今度は写真など撮らず、まぜ子をそのまま病院へ連れて行った。避妊手術は無事に終わった。
ロバートさんは、手術を終えたまぜ子を連れて帰り、一緒に暮らそうとした。けれど、まぜ子はそれを断固拒否して、また路上の暮らしに戻っていった。それでも、まぜ子は地域猫としてかわいがられ、その後何年も生きた。
私はその一件の後、隣町に引越したが、たまに前に住んでいた町の商店街を歩いていると、ロバートさんにばったり出会う。彼は相変わらず、自転車に乗っていた。
しばらくして、以前の家の近くを通ったとき、まぜ子が隣の家の塀の上でゴロリと横になっていた。
「ハロー、まぜ子」
そう声をかけると、彼女はやっぱり「フン」と顔をそむけた。でも、その「フン」さえ、私はちょっと、嬉しかった。
※本稿は、『花より漫画』(神尾葉子:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
