NTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジスト 松原実穂子「重要インフラを守る上で、ウクライナと台湾から日本が学ぶべきことは多い」
この措置が結果的にウクライナを救いました。というのも、戦争開始から1週間以内にロシア軍によって破壊された建物の一つが、なんと政府のバックアップデータが全て入っている主要データセンターだったのです。
─ ロシアはそこを狙ってきたのですか。
松原 それは定かではないのですが、データセンターにしかバックアップデータがなかった場合、政府の機能が停止していた恐れすらあります。
そこでウクライナ政府が学んだ教訓は、業務の継続性を確保するには、データのセキュリティは死活的に重要だという事実でした。
大手IT企業もウクライナ支援に加わる
─ そこを支えているのが民間企業であると。
松原 はい。先ほど例に挙げたAWSやグーグル、マイクロソフト、クラウドストライクなどの大手ハイテク企業です。サービスや製品、サイバー攻撃に関する脅威情報の提供を無償で継続しています。
これらの企業はロシアに対しては、そうした支援はしていません。つまり、ウクライナのデジタル力、サイバーセキュリティ能力が、自助努力に加えて国際的な官民協力により高まっているのと対照的です。ウクライナにとって、かなりの追い風になっていると思います。
─ 企業にとって1年半もの間、支援を続けるのは容易なことではありません。
松原 一部で「支援疲れ」がささやかれる中で、企業が支援を継続している理由の一つは、ウクライナからではないと得られない貴重な知見へのアクセスだろうと考えます。
戦争が始まって2カ月後の昨年4月、米サイバーコマンドの前司令官であるマイケル・ロジャース海軍大将(退役)は英紙『フィナンシャル・タイムズ』の取材にこう答えています。
「ウクライナでの停電事件後にウクライナのサイバー防御強化の支援のため、米軍を派遣した。この際、ロシアのサイバー攻撃の手口やコンピュータウイルスについて学べた」
米軍トップが、このように他国の支援をすることによって知見を得られたというような発言を公にすることは滅多にありません。それだけ、ウクライナから得られる知見は大きく、外国政府やハイテク企業がウィンウィンの関係を築けると考えているからこそ、支援を継続しているのでしょう。
─ 民間企業もしたたかですね。官民の協力を取り付けたことは、非常に心強い。
松原 昨年10月、シンガポール政府主催の年次国際サイバーセキュリティ会議に参加する機会がありました。私が司会を務めたパネル討議に、ウクライナ国家特殊通信・情報保護局のビクトル・ゾラ副局長が対面で登壇され、こう仰ったのです。
「ウクライナは今のところ、ロシアからのサイバー攻撃をかなり防げています。しかしいつ何時、皆様の国に攻撃が向けられるかわかりません。だからこそ、ウクライナがこの戦争から得た知見を共有し、皆様のサイバーセキュリティ強化に貢献したいのです」
ロシアがキーウへのミサイル攻撃を激化させた頃です。砲弾が飛び交う中、片道2日かけてシンガポールに命がけでいらっしゃった。尚且つ、世界に貢献したいとの意欲を示された勇気には心から感動しました。
ウクライナの重要インフラ企業の経営者も、対面で海外に足を運び、戦争で得た知見を共有しています。
─ 一方、日本のそうした国際的な場での情報発信については、どう感じていますか。
松原 公の国際会議での発信は必ずしも多くはなかったと思いますが、徐々に増えてきています。
