徳川家康ゆかりのパワースポットNo.1はどこ?NHK大河ファン必見!

松本潤主演のNHK大河ドラマ『どうする家康』。ファンならずとも、江戸幕府を開いた武将・徳川家康の足跡を追い、その武運・強運にあやかりたい人は多いだろう。
ゆかりの地を訪れる旅に出るなら、どこだろうか。
家康が生まれた岡崎城、遠江攻略後の拠点とした浜松城、江戸幕府の象徴ともいえる江戸城、晩年も過ごした駿府城などの居城。桶狭間、三方ヶ原、小牧・長久手、関ケ原などの古戦場跡。清見寺、大樹寺、静岡浅間神社、増上寺、日光東照宮などの神社仏閣など訪れるべき名所は数多ある。
家康ゆかりのパワースポット 久能山東照宮
その中で今回、編集部が選んだのは久能山東照宮だ。
なぜなら、久能山東照宮こそ家康本人の遺体が埋葬されている由緒ある神社だからだ。家康ゆかりのNo.1パワースポットといっても、過言ではない。建造物のいくつかが国宝に指定されている歴史ある久能山東照宮とは、どのような場所だろう。
それに触れる前に、家康はなぜ墓所として久能山を選んだろうか。
1542年三河国(愛知県東部)に生まれた家康。さまざまな苦難を乗り越えて天下人になったが、人生の3分の1にあたる25年を駿府で過ごした。少年時代に人質生活を送ったのも、晩年を過ごしたのも、駿府だった。久能山は、駿府城から東に約10kmの位置にある。
以下が、徳川家康の遺言とされる。
「遺体は駿河国の久能山に葬り、江戸の増上寺で葬儀を行い、三河国の大樹寺に位牌を納め、一周忌が過ぎた後、下野(栃木県)の日光山に小堂を建てて勧請せよ」
元和2(1616)年4月17日、75歳で亡くなった家康は、その日の中に駿河城から移されてその日に久能山に埋葬されたという。久能山を選んだのは、一説には死後も豊臣恩顧の西国大名があらぬ動きをしないように睨みを利かすためだと言われている。
今回、新幹線を利用して久能山東照宮を訪れてみた。新幹線を利用して、静岡駅で下車する。
バスを利用する場合は、久能山下で下車して山門から登るルートと名勝地の日本平(にほんだいら)山頂からロープウェイを利用するルートがある。今回は、山門下から歩いた。
参道を登るなら、その石段の数はなんと1159段(いちいちゴクロウサン)、簡単にはたどり着けない。急なつづらおりの石段は一部整備が行き届かない箇所もあるので、足元に注意が必要だ。駿河湾を背にして途中で何度も休みながら登るが、息は上がりっ放しだ。

この久能山は、かつて武田信玄が駿府に侵攻した際に城を築いた要害の地である。敵を寄せ付けない、かなりの急勾配なのだ。甲冑を身に着けてこの坂を登るのは、想像するだに恐ろしい。武田氏滅亡後は徳川家康が、この久能山を支配下に治めている。
(前述した通り、現在は日本平からロープウェイができたので、こちらを利用する観光客が多いし、はるかに楽だ。ただ、家康を偲ぶためにこの1159段の階段で四苦八苦するのも一興だろう)
1159段の石段を登ると、そこに家康の世界が
20分以上かかり1159段の石段を登りきると、「一の門」がある。「一の門」を通り、「楼門」をくぐると「唐門」にたどり着く。

そしてその奥に、社殿(拝殿、その奥に本殿)が見えて来る。
楼門、唐門も見事だが、社殿は権現造り、極彩色で総漆塗り、それに細やかな彫刻が施されており、思わず息をのむ美しさである。天井も漆塗りで、細かなところまで手が込んでいる。



「安土桃山時代の技法も取り入れた江戸初期の代表的な建造物で、最古の東照宮建築」(久能山東照宮の資料より)というから、優美さと共に風格を感じる。
作法にのっとり、二礼、二拍手、一礼で参拝をする。


朝廷から「東照大権現」という神号を拝した家康。その家康を祀る東照宮は全国各地に存在する。東照宮は既に廃絶されたものを含めると全国で約550社にのぼると、ある研究家は本に記述している。その数多ある東照宮の中でも、もっとも歴史があるのが、久能山東照宮なのである。久能山東照宮(当初は「東照社」)は、家康の死の翌年(1617年)に完成している。
社殿横の40段ほどの石段を登っていくと、そこに神廟が見える。横の幅は8mくらいか。その敷地の中、高さ5.5メートルの石塔の下に家康が眠る。

久能山の頂き近くに建つ神廟は、周囲を木々に囲まれている。静謐な空気が流れて、とても神聖な空間に感じる。石塔は苔むして趣がある。一方で、稀代の名将のお墓としては簡素なイメージを受ける。
立札の説明には、こう記述してある。
「神廟 徳川家康公のご遺体が納められた廟です。当初この地には小さな祠が建てられていましたが、三代将軍徳川家光公によって石造りの塔に改められました(後略)」

家康を偲びながら手を合わせる。
「ご遺体は四角い棺の中に立ったまま、というか椅子のようなものに座った形で安置されていると伝えられています」
と、久能山東照宮関係者が語る。
*一方で遺体は、元和3年に(1738年)日光東照宮に移されたのではと唱える専門家もいる。この神廟にミステリーな部分が残っていると考えることも、歴史と旅の一つの楽しみだろう。
「金の成る木」の教えとは
神廟の横には「金の成る木」があるが、こちらも霊験あらたかであれば嬉しい限りである。
「よろず程のよ木」「志ひふかき(慈悲深き)」「志やうぢ木(正直)」がお金持ちになる要諦である、と3つの教訓が案内に記されている。


神廟で手を合わせ、社殿を過ぎて楼門まで降りると、家康公の手形が置いてある。ハリウッドスターと力士ぐらいしか手形を残さないのかと思っていたが、つい自分の手に重ねてみる。ほぼ同寸だ。縦が19cmほどである。家康公の身長は155cm〜159cm、体重70kgと伝えられている。

境内の久能山東照宮博物館では、歴代の全将軍の甲冑など2000点以上の文化材が拝観できる。家康自身の鎧は、3領展示されている。
久能山東照宮の魅力は、歴史ある建造物や資料などばかりではない。戦国時代の要害の地と紹介したが、標高216mの久能山山頂付近から眺める駿河湾は、これまた最高である。
実は久能山東照宮は100年くらい前までは、一般の人の参拝は叶わなかったという。
家康の強運パワーをもらいながら、歴史を学び、駿河湾を一望する。家康が同じ風景を眺めていて、この地に葬られたことを思うと、これ以上の家康ゆかりのパワースポットはないように感じた。

帰りはロープウェイを使い、日本平まで移動する。行きの登山に比べると、とても楽ちんだ。日本平からは、駿河湾とともに天気の良い日は富士山が目の前に見える。丘陵地の日本平は標高307mで久能山東照宮よりも高く、見晴らしもよくて絶景だ。ここから、静岡駅までバスも出ている。

久能山東照宮近くにある家康のゆかりの観光地には、駿府城跡(駿府城公園)、風光明媚な海岸線と松林で知られる三保松原、静岡浅間神社、「どうする家康 静岡 大河ドラマ館」などがある。JR東海では、家康の足跡巡りの便利な特別プランを販売している。

久能山東照宮へのアクセス
静岡駅から静鉄バスで「東大谷」で下車。そこでバスを乗り換え「久能山下」下車(所要時間40分程度⇒山門から1159の階段を登る静岡駅から静鉄バスで「日本平・日本平ロープウェイ行き」(所要時間約40分)。そこからロープウェイで久能山東照宮へ。バスとロープウェイと拝観券との割安セット券が新静岡バス案内所などで発売高速道路を利用するなら、「日本平久能山スマートIC」、もしくは「静岡IC」または「清水IC」下車
