「女優のような美人」のはずが……。(※写真はイメージ)

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 もう一度結婚したい――57歳で結婚願望が高まったフリー記者、石神賢介氏。結婚相談所の紹介で、いよいよ女性とお見合いをすることになった。向かった先で出会ったのは、自分と同じ“婚活ジャングル”で戦う同志たちだった。

(文中の紹介文、登場人物はプライバシー保護の観点から一部を変更してあります)

週末のシティーホテルはお見合いのメッカ

 結婚相談所での婚活もスタートする。しかし、苦戦した。B社のホームページを介して何人もの女性にお見合いを申し込んだものの、次々と断られ続けた。

 1カ月で許されている上限いっぱいの20人にお見合いを申し込み、断られた数は19人。システムが故障しているのかと思うほどの惨状だ。

「女優のような美人」のはずが……。(※写真はイメージ)

 40代の女性にとって、50代後半は初老に見えるというのが現実だろう。婚活サイトで出会ったマリナさんに「クソ老人」とののしられた体験がよみがえる。実際に自分が40歳のころ、50代後半は違う時代を生きている人たちだと思っていた。

 そんななか、ただ一人「OK」の返事をくれたのはミドリカワサキさん(仮名)という女性だった。金融関係で働く会社員だ。

 彼女との見合いは、週末の午後、渋谷の国道246号沿いにあるシティーホテルだった。高層階の、昼間はカフェとして利用されているバーラウンジだ。

 出かける前には、鏡の前で念入りに自分チェックをした。

「鼻毛は飛び出していないか?」

「歯の間に食べかすがつまっていないか?」

「とりあえずホテルに」と彼女は言った――57歳で婚活熱が再燃する以前、40代の頃の体験をつづった『婚活したらすごかった』【超実用的婚活マニュアル付き】

「爪は伸びていないか?」

 鏡に映る自分に声を出して問う。

 大丈夫。問題はない。

 服装は、襟付きの白いシャツに黒のジャケット、パンツはほどよく洗われたデニムにした。

 見合いにはスーツで臨むように、カウンセラーのコジマさんには指導されていた。お見合いはスーツで臨むのがマナーだという。しかし、週末にスーツはためらわれた。雑誌記者という仕事柄スーツを着なれていない。七五三に見える気がしたのだ。

 ジャケットがよれよれではないかも鏡の前で再チェックする。靴も念入りに磨いた。女性は男のジャケットやシャツだけでなく、靴、財布、ハンカチもチェックするらしい。

 さらに、自分の体のにおいをかいでみる。加齢臭が心配だったのだ。いまのところ誰かににおいを指摘されたことはない。しかし、臭くても、直接本人には言わないだろう。

 ラウンジのある40階に着きエレベーターの扉が開くと、天井まである窓から午後の光に包まれた。エレベーターの箱から出ると、今度は大勢の男女の視線を浴びた。ざっと20人はいる。

 休日なのにビジネススーツを着た男性、ワンピース姿の女性。最初はこの場でクラス会でもあるのかと思ったが、みんな見合いの待ち合わせだ。誰もが初対面の相手を緊張の面持ちで待っている。

 どの女性がサキさんか。視界を右から左へぐるりと見渡していると、後ろから声をかけられた。

「イシガミさん、ですよね?」

 ふり向くと、目の前に相談所のホームページで見た顔があった。身長は160センチほど。薄いピンクのワンピースで、清楚なイメージだ。

「はい。ミドリカワさんですか?」

「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 ラウンジのスタッフはよく心得ている。窓に面した明るいソファにアテンドしてくれた。

 いい席だ。テーブルの間隔が開いているので、周囲を気にせず会話ができる。僕はホットコーヒー、サキさんはアイスティーを頼んだ。

 ふと気づくと、店内のほとんどのテーブルが、ひと目見てお見合いとわかる男女で埋まっていた。週末の昼過ぎのこのホテルはやはりお見合いのメッカなのだ。世の中ではこれほどたくさんのお見合いが行われているのか……。知らなかった。

 サキさんとの会話は、おたがいに共通の話題を探り合った。しかし、どうしてもかみ合わない。この日が初対面。相手のことはプロフィールに書かれていることしかわからない。当然、共通の知り合いはいない。すると、自分の仕事、趣味、そのときに世の中で起きている出来事を話し、そこから枝葉を広げるしかない。

 初めてだったこともあり、1時間でぐったり疲労した。サキさんも疲れたと思う。おたがい笑顔で別れたけれど、案の定、カウンセラーを通してサキさんは交際に進む意思がないという連絡が届いた。僕もコジマさんに交際に進む意思がないことを伝えていたので傷つきはしなかったけれど、それまで体験したことのないむなしさを覚えた。

見とれてしまうほど美しい女性?

 2度目のお見合いは、新宿西口にあるホテルのラウンジだった。僕が小学生時代、1970年代の初めに建ったホテルで、当時は日本で一番高いビルだった。

 週末の午前11時、カウンセラーに指定された待ち合わせ場所、ホテル内の老舗の生花店の前に行くと、ここにもスーツやワンピース姿のたくさんの男女が集まっていた。ここもお見合いのメッカらしい。このラウンジは、平日に仕事の打ち合わせで、ときどき利用している。その同じ場所が、週末はお見合いでにぎわっているとは思ってもいなかった。こういう場所は東京中にいくつもあり、週末には数えきれないほどのお見合いが行われているのだろう。

 生花店前で待つ男女の誰も彼もが、せわしなく視線を泳がせている。みんな待ち人が初対面なので、間違えないように必死だ。相手を間違えて話しかけている男女も目につく。人違いされたほうは余裕のある笑顔で対応している。慣れているのだろう。

 僕はハナゾノメグミさんという49歳の女性を待っていた。2週間ほど前に見合いを申し込んでくれた女性だ。プロフィールの職業欄にはケーブルテレビのレポーターと書かれていた。

 最初は断ろうと思った。結婚相談所に登録したばかりだったので、まだ40代半ばくらいまでの女性を希望していたからだ。(身の程知らず、とのお叱りは甘んじて受けます)

 単純に若さを求めたわけではない。僕はバブル時代を知っている女性が苦手だった。もちろん個人差はあるが、食事からクルマまで、求めるレベルが不当に高いことがあるのだ。

「私、まだ国産のクルマに乗ったことないんだけどおー」

 初デートで自宅まで迎えに行ってまさかの乗車拒否をされたこともある。40代の終わりに婚活パーティーで出会った女性だ。

「40代になっても家を持っていない男とは付き合ってはいけない、ってパパに言われているの」

 そう言われて交際を断られたこともある。

 しかし、結婚相談所のホームページで確認したメグミさんはそういうタイプには見えず、断る決断ができなかった。彼女のプロフィールにある担当カウンセラーからのPR欄も気になった。

「初めてお会いしたとき、女優さんかと思ってしばらく見とれてしまいました。実際に会うと、写真よりもはるかに美しく、実年齢よりも10歳から20歳はお若く見えます。ぜひお会いしてみてください」

 そう書かれていた。

「10歳から20歳」というのは範囲が広すぎる。実年齢が49歳だから、29歳か39歳に見えるということだ。乱暴な意見だと思った。

 それでも断れなかった。カウンセラーが男性か女性かは不明だが、「しばらく見とれてしまいました」というコメントが気になってしかたがなかったのだ。

 メグミさんのプロフィールにアップされている写真はスタジオでプロが撮影したものではなく、海外旅行でのスナップだ。南の島だろうか。小麦色の顔をした子どもたちに囲まれて笑っている。印象はいい。ただ、離れた場所から撮った破顔なので、ふだんはどんな顔なのか、よくわからない。

 会うべきか。やめておくべきか……。

 パソコン画面に目を近づけたり、斜めから見たりした。もちろん無駄な努力だ。結局お見合いをすることに決めた。会って自分の目で確かめたかったのだ。

「イシガミさんですか?」

 声に振り向くと、見覚えのない女性が微笑んでいた。

 仕事の知り合いに声をかけられたと思った。どこで名刺交換をした人だろう。友人や仕事の関係者に見合いをしていることは知られたくない。

「はい……」

 顔を見られたくなくて、視線を下に落とす。

「ハナゾノメグミです」

 僕はあわてて顔を上げ、声をつまらせた。目の前には、写真とは別人のような白髪交じりの女性がいた。

 カウンセラーのPRコメントは、明らかに誇大広告だ。相談所のプロフィール画面で実年齢を知らなければ自分よりも年上だと思っただろう。20代などもってのほかだ。

 こうなる可能性があることを想定していないわけではなかった。しかし、それをはるかに現実は超えていた。

 ラウンジに入ってお見合いが始まると、メグミさんは明るく、よくしゃべった。メディアの仕事をしているので、スポーツから最新の映画まで話題も豊富だ。

 しかし、騙されたという思いが払拭できない。どう見ても女優ではない。

 見た目の良し悪しだけではなく、一つ嘘があると、年齢も、職業も、すべてに疑いをもってしまう。

 だから、何を話しかけられても、適当に対応してしまう。そんな自分の態度に自己嫌悪も覚える。悪循環だ。この人とは二度と会うまいと思った。

「イシガミさん、あまりしゃべらないんですね?」

「あっ、はい、まあ、そういうわけでも……」

「私、おもしろくないですか?」

「えっ、いえ、そんなことは。実は、担当カウンセラーに、1時間で切り上げるように厳しく言われていまして」

 ほどほどのところで見合いを切り上げた。

 夜、コジマさんから電話があった。

「今日お見合いをされた、女優のように美しい女性、いかがでしたか?」

 素直に感想を言った。

「やっぱり。では先方のカウンセラーに断りの連絡を入れましょう」

「一つ偽りがあると、ほかの全部が嘘に思えて、積極的に会話ができません」

「お気持ちはわかります。よーくわかりますが、引き続き頑張ってください」

 コジマさんは他人事のように言って電話を切った。

 結婚相談所では、交際を断る場合、相手に直接連絡しなくていい。おたがいの心が痛まないように、担当カウンセラー経由で伝えるのがルールだ。また、男女どちらかが交際しないと決めたら、それ以降、相手への連絡も禁じられている。もしどちらかがルールを破ったら、相談所レベルで解決する。

 メグミさんとのお見合いで、それまで無自覚だった自分のコンプレックスに気がついた。僕は女性をつい容姿で判断する。それは自分の自信のなさと背中合わせだ。自信がないから、見た目のいい女性を求めてしまう。「お前、いい女と結婚したなあ」という周囲の評価が欲しいのだ。そして容姿に引かれて付き合うから、相手の心ときちんと向き合わない。しかし、わかっていても、簡単に変えられるものでもない。(続く)

石神賢介(イシガミ・ケンスケ)
1962(昭和37)年生まれ。大学卒業後、雑誌・書籍の編集者を経てライターになる。人物ルポルタージュからスポーツ、音楽、文学まで幅広いジャンルを手がける。30代のときに一度結婚したが離婚。

2020年8月1日 掲載