この記事をまとめると

■スイスの技術者の打倒ブガッティを掲げた挑戦を振り返る

■独自メカニズムを満載したと主張する1200馬力の「ウェバーF1」を発表

■資金難で計画は頓挫し実車も幻となった

ブガッティ超えを夢見た技術者がいた

 打倒ブガッティの名のもとに、独自のハイパーカーを作り上げるという夢はクルマ好きの胸が高鳴るもの。ですが、一筋縄でいかないことはご承知のどおり。これまで、いくつものメーカーが「あちらが1001馬力なら、こちらは1200馬力じゃ」とか「車重が1800kg? ウチなら1200kgでいけまっせ」と挑戦してきたものの、成就したというニュースはさほど多くありません。それでも、懲りずに挑戦するメーカーがあとを絶たないというのは、ブガッティの偉大さなのか、それとも巨大な風車に挑むドン・キホーテの気分なのでしょうか。

 スイスで精密機械メーカーを興したエンジニア、ローマン・ウェバーもまたブガッティを打ち破ることを目標としていました。普段からF1チームにパーツを供給するなど、技術や知識は相当なものだったに違いありません。

 彼はブガッティ・ヴェイロンの最高速、407km/hに対し「400km/hオーバーならオレにも作れる」と考えたのでしょうか。2008年にシボレーの7リッターV8エンジンを手に入れると、独自設計のツインスーパーチャージャーを装備。最高出力900馬力/最大トルク1050Nmを絞り出したとされています。また、400km/hという途方もない速度域ではパワーだけでなく、空力性能こそ重要なファクターであることも知り尽くしていたとのこと。

 ウェバーはF1ネットワークでも使ったのでしょう。自社のエンジニアに計算とデザインをさせたボディをまんまと風洞実験に供したのでした。すると、この初号機は「公道走行が可能な市販車としては、純レーシングカーに次ぐレベルの圧倒的なダウンフォースを発生する」と公表。ただし、Cd値など具体的な数字は未公表とされ、このあたりから雲行きは怪しくなっていきます。ちなみに、400km/hを超えるハイパーカーの多くは、最高速アタック時に意図的にダウンフォースを減らして滑り込みをよくするため、Cd値は0.36程度に設定されることが少なくありません。

謎を残したままプロジェクトは頓挫

 そしていつの間にか初号機は姿を消し、2013年にBMW製5.6リッターV10エンジンを搭載したマシン「ウェバーF1」が登場。排気量こそ下がっているものの、このエンジンはエンジン・オブ・ザ・イヤーを2年連続受賞するほどの優れもの。具体的にはアルジル合金の軽量&高剛性ブロックや、クランクケースをラダーブレードで締め付けるなどF1レベルの高出力に対応しているのが大きな強み。そして、今度はツインターボを選び、最高出力1200馬力をたたき出し、ヴェイロンの1001馬力を凌駕してみせました。

 が、ここで識者が「900馬力の初号機と、1200馬力のウェバーF1が0-100km/h加速タイムが同じ2.5秒とは奇妙じゃないか」と指摘。さらに、ウェバーは自社製の6速シーケンシャル・セミオートマで40ミリ秒の変速を謳っているにもかかわらず、加速タイムがヴェイロンと同じというのも納得いきません。

 また、ウェバーF1の最大トルクはヴェイロンと同じく1250Nmと凄まじいもので、ミッションが素早いシフトチェンジに耐えきれるかどうかも大きな疑問。ちなみに、ヴェイロンは7速のDSG(デュアルクラッチシステム)を専用開発し、さらにはスリップコントロールも別途用意。数字や装備を声高にアピールしたウェバーでしたが、こうした指摘に対しては沈黙を守るのみ。発表時もCGで作成された姿があるだけで、走行の様子などは未公開。これでは、発売前に予約を募集しようとも振り向いてくれる大金もちはいないでしょう。

 パワーや空力のほかにも、インテリジェント4WDや可変式アクティブ・エアブレーキといった新技術を盛り込んだと発表されたものの、CGイメージがあるだけで実車は影も形もありません。これでは、打倒ブガッティを目指すあまりの勇み足と取られても仕方ないでしょう。こうした夢のあるクルマの場合、投資家の金を目当てにした打ち上げ花火というケースも散見できますが(むしろ多め⁉)、ことウェバーについては精密機械メーカーという実績があっただけに詐欺めいた計画とは信じたくないもの。

 残念ながら、ウェバーF1プロジェクトは資金難により完全に頓挫(実質的な倒産・プロジェクト破棄)しており、実際に製造された初号機の行方すらわかっていません。ドン・キホーテの物語は切なくも笑いに絶えない名作でしたが、リアルな打倒ブガッティは冷酷で生臭い大人の事情にまみれた「未完の設計図」に過ぎなかったのです。