名物・竹崎ガニを両手に笑顔の梅崎恵美さん

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 竹崎島を照らす若女将――。有明海を望む佐賀・太良町の竹崎港近くにある旅館「一福荘」で、竹崎ガニを看板に宿を切り盛りする梅崎恵美さん(38)は、元ボートレーサーという異色の経歴を持つ。若女将へ転身した姿はSNSでも話題を呼んだ。だが、本人が見据えるのは過去の肩書ではない。「竹崎をどう残していくか」。漁師や地元住民とチームを組み、竹崎島の魅力発信にも力を注いでいる。

「今は宿の仕事が9割ですね」。接客、掃除、予約管理。梅崎さんは一福荘の若女将として動き回りながら、現在も別の仕事と両立している。もともと旅館を継ぐ予定ではなかった。6人きょうだいの5番目。兄もいる。「自分が継ぐなんて思ってなかった」。転機はコロナ禍だった。父・義行さん(74)、母・清子さん(60)が宿の将来へ不安を漏らした時、「ちょっと宿に入ってみようかな」と決断した。現在も「風の牧場」に籍を置き、最初は会社9割、宿1割。今では宿が生活の中心になった。

 若女将として大切にしているのは、宿泊客一人ひとりときちんと向き合うことだ。食事の時間には各テーブルを回り、お客さんと言葉を交わす。どんな思いで竹崎まで来たのか。何を楽しみにしているのか。そんな会話を重ねる中で、一つの思いが芽生えていった。「みんな竹崎ガニ目当てで来ると思ってたんです。でも、旅行先として来て、“竹崎ガニが有名なんだ”って後から知るお客さんもすごく多かった」。そこから素泊まりプランなども新設。口コミサイトのレビューも欠かさず読み、「本当にうれしいですね」と笑う。

 一福荘には、梅崎さんらしさが随所に残る。駐車場のターンマークは、ボートレース好きだった義行さんが仕入れてきたもの。かつてはロビーに実艇まで置いていた。名物の“岩穴風呂”は、もともと漬物蔵だった空間を改装したもの。小学生時代には弟と一緒に風呂に使う石拾いも手伝ったという。「火山岩だから、体がすごく温まるんですよ」。子供の頃から竹崎ガニは身近な存在だった。食卓に並ぶことも多く、「カニで育った」と笑う。有明海と竹崎港に囲まれて育った感覚が、今の宿づくりにもつながっている。

 一方で、ボートレーサー時代には葛藤も抱えていた。「私は競うことが向いてなかった」と率直に語る。「誰かに勝ちたいって、昔からあまり思えなかった」。周囲が“勝負”へ人生を懸ける中、自分との温度差に悩み、2014年に現役を引退した。「梅崎恵美に戻りたかった」。現在は元ボートレーサーという過去も自然に受け止めながら、竹崎で新たな人生を歩んでいる。

 そして現在、梅崎さんが最も力を入れているのが「竹崎島」の発信だ。「CSO竹崎島」を立ち上げ、昨年11月には「竹崎スターナイト」を開催。当初200人規模を想定していたが、平日ながら約600人が集まった。「もうパニックでした(笑い)」。暗闇の会場で主催者自身も身動きが取れなくなるほどだったが、「竹崎には人を呼べる魅力がある」と確信した瞬間でもあった。

「もちろん、宿として利益を出していくことは大事です。でも、自分たちだけが良くなればいいとは思っていなくて。竹崎という場所があってこその一福荘だと思うんです」。竹崎らしさを守りながら、「この島で、みんなが楽しく生活できる環境を維持したい」と願う。ボートレーサー時代に見つけ切れなかった自分の居場所を、梅崎さんは今、竹崎島で築いている。