「救急車が来ても、病院が決まらない」 東京の住宅選びで見落とされる“医療圏”
東京で住まいを選ぶとき、人は何を基準に街を選ぶのか。駅から徒歩何分か。再開発はあるのか。資産価値は維持できるのか。治安や学区はどうか――。東京の住宅地選びでは、長いあいだ「利便性」と「価格」が主役だった。そこへ、もうひとつ無視しにくい要素が加わり始めている。急性期医療へのアクセスである。(マン点/マンションブロガー)
【写真を見る】グラフで見るとよく分かる「東京の救急医療は、いま何に時間を失っているのか」
救急車の到着後、搬送先が決まらない現実
深夜、自宅で家族が突然倒れたとき。脳卒中や心筋梗塞を起こしたとき。救急車を呼ぶことになる。しかし、その後すぐ病院へ収容されるとは限らない現状がある。東京の救急現場ではいま、「どこへ搬送するか」を探す時間が長くなっているのだ。これから東京は、熱中症搬送が増える夏を迎える。高齢化が進むなか、救急需要はさらに高まることが予想される。

東京消防庁によれば、2024年の救急出場件数は93万5373件にのぼり、3年連続で過去最多を更新した。そして、そのうち75歳以上の搬送は全体の4割を超える。
これに伴い、搬送時間も延びている。2019年と比べると、119番通報から現場到着までの時間だけでなく、現場到着後に病院を決めて出発するまでの時間も増えた。
これは「東京の医療が崩壊している」という話ではない。大学病院や大規模病院が集積している地域であり、全国的に見れば医療資源は充実している。
ただ、その病院配置には地域差があるのだ。二次救急病院を地図上に落とし込むと、文京区、新宿区、港区などでは病院密度が比較的高い。一方、世田谷区や杉並区のような大規模住宅地では、人口規模に対して病院配置が広く分散している。人が多く住む地域と、病院配置。その関係は、必ずしも単純ではないのである。
ボトルネックは「病院調整」の時間
東京の救急医療は、いま何に時間を失っているのか。多くの人は、「救急車が現場へ到着するまで」の遅れを想像するかもしれない。道路渋滞や出場件数の増加も確かに影響している。
ただ、データが示す現実は異なる。実際に大きく延びているのは、その後の時間、すなわち救急隊が患者を乗せたあと、どの病院へ搬送するかを調整する時間なのだ。
東京消防庁の統計を見ると、2019年には、119番通報から救急隊が現場へ到着するまで平均10分26秒だった。それが2024年には13分12秒まで延びている。
深刻なのが、「現場到着から現場出発まで」の時間で、2019年は21分05秒だったものが、2024年は27分19秒と、6分以上も増加している。なお、病院へ向けて出発してから到着するまでの時間も、10分22秒から11分45秒へ延びている。
この変化は、単純な交通渋滞だけでは説明しにくい。高齢患者の増加による現場対応の長時間化など複数の要因が考えられるが、搬送先との調整が影響しているのではないか。
東京には大学病院や大規模病院が多い。しかし、医療資源が多いことと、「短時間で搬送できる」ことは同義ではない。都心側に病院が集まる一方、人口を抱える住宅地側では救急要請が増えている。そうした需給バランスの偏りが、搬送時間の長時間化に影響している可能性があるのだ。
区単位では動かない「医療圏」という仕組み
それでは、東京の救急医療は、どのような単位で動いているのか。多くの人は、「自分の区の病院へ運ばれる」と考えているかもしれない。しかし実際には違う。東京の救急医療は、行政区とは別の「医療圏」という単位を前提に運用されている。
例えば世田谷区は、渋谷区・目黒区と同じ医療圏で救急医療が動いている。杉並区も、新宿区・中野区と同じ医療圏だ。病院分布を地図上に重ねると、東京23区の配置には偏りが見えてくる。都心側の一部エリアでは、二次救急を担う病院密度が比較的高い。一方、人口を抱える住宅地側では、病院配置が広域に分散している。
夜間救急を考える場合、「どの区に住むか」だけではなく、「同じ医療圏のどこに病院があるか」が重要なのである。
例えば世田谷区は人口規模そのものが大きく、渋谷区・目黒区と同じ医療圏で運用されているため、救急需要は医療圏全体で重なり合う。杉並区では、新宿区・中野区と同じ医療圏であり、医療圏内には大学病院も存在するが、病院配置は新宿側へ寄っている。
人口集積地と病院配置の「ズレ」
救急要請はどこで増えているのか。東京消防庁の統計を見ると、その特徴はかなり明確である。2024年、東京23区で最も救急出場件数が多かったのは世田谷区だった。足立区、大田区、江戸川区、練馬区など、人口規模の大きい住宅地も上位に並ぶ。
ここで重要なのは、「どの区が危険か」という話ではない。注目すべきは、人口集積が大きい医療圏ほど、救急需要の総量も大きくなりやすいという点である。実際に何件の119番通報が入り、何台の救急車が走り、どれだけの搬送調整が発生しているか。その総量は、救急医療全体の負荷に影響する。
世田谷区は約95万人の人口を抱え、単独で地方都市並みの人口規模である。しかも、救急搬送は区内だけで完結せず、渋谷区や目黒区を含む同じ医療圏の中で調整される。その一方で、二次救急病院は都心寄りに集まっている。
これからの住宅選びで問われること
おさらいすると、東京の救急搬送は、行政区ではなく医療圏という広域単位で運用されている。人口が集中する住宅地と、大学病院や大規模病院が集積するエリアは、必ずしも一致していない。そして、高齢化によって救急需要そのものは増加傾向にある。
これまで住宅地選びであまり意識されてこなかった「救急時にどの医療圏へ搬送される構造なのか」という視点。東京都は、二次救急病院の一覧や医療圏の区割りを公開している。住まいを選ぶ際に、自分の候補エリアがどの医療圏に属するのかを確認することは、いまでもできる。
駅から何分かだけではなく、「救急時にどこへ運ばれる可能性があるのか」。そんな視点も、これからの住宅地選びでは意味を持ち始めると考える。
【著者プロフィール】
マン点(まんてん) マンションアナリスト。一級建築士。20年以上続けている不動産ブログ「マンション・チラシの定点観測」の管理人
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デイリー新潮編集部
