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 現役時代に3冠王を3度獲得し、監督としては中日を4度のリーグ優勝に導いた落合博満氏(72)が22日、自身のYouTube「落合博満のオレ流チャンネル」を更新。テスト入団で獲得した川相昌弘氏との契約年数は自身が結んでいた契約年数と同じだった。

 「3年間だけは現役として面倒見るからな」。立浪和義氏のポジションだった守備を鍛え上げられた森野将彦氏が獲得。それが入団から3年目のシーズンだった。

「森野がサードを守れるんだったら控えのサード守備はもういらない。若手に切り替えてもいいのかなってことで川相に“コーチやれ”って、コーチにさせたんだ」

 若手が力をつけていく中で、流れは自然とそうなった。

 そして2007年から1軍内野守備・走塁コーチに就任。10年は2軍監督を務めた。そんな中、古巣・巨人が川相氏を「欲しがっている」という声が落合氏の耳に入った。落合氏の考えとして「監督って言う話があれば、話には乗る。同じコーチであったら手放さない。でも川相の場合はもともと東京だから」という判断で、「来年契約結ばないからジャイアンツに帰れ」と復帰が決まったという。

 川相氏のように古巣に戻るケースもあれば、そうでなかったケースもあった。2005年、当時広島の監督だった山本浩二氏から「今年で(監督を)辞めるんだけども高代(延博)を監督にしたいんで話を持っていってくれるか」という相談が落合氏にあった。高代氏に「広島が監督に欲しがっているけどもどうする?」と確認した。すると返答はまさかの「中日に残りたいです」。広島監督よりも野手総合チーフコーチとして中日に残留することを選択した。