「今度持ってきてやろうか?」高校を中退して歌舞伎町でホストになった男性(27)が、ずっと断っていた大麻の誘いに「やる」と答えた“あっけない理由”〉から続く

「薬物をはじめて使った感想は、“よくわからない”だった」

【写真】1年後に逮捕される19歳の頃、イケメンすぎるキマノーさん。小学生の時のかわいい姿や裁判に出廷した坊主頭、薬物使用中に書いた判読が難しいノートも…

 そう語るのは、Xで7万人のフォロワーを抱える、キマってるときのノート(27)さん。

 19歳の時にはじめて大麻を使用し、20歳のときに大麻取締法違反により逮捕され、懲役6ヶ月、執行猶予3年の有罪判決を受けた。

 薬物に手を出した理由、今でも後悔していること、不定期で開催している「薬物前科者バー」などの活動について話を聞いた。


 

(全3回の3回目)

――中学の同級生に誘われて、はじめて大麻を吸った感想は。

キマってるときのノート(以下、キマノー) 正直なところ、よくわかりませんでした。ハッと気がつくと、ひとり公園の草むらに座って星空を眺めていて、横を見ても同級生たちはもういませんでした。

 その後は同級生に会うたびにもらうようになり、自分で探すようになるのはすぐでした。

同級生にも「覚醒剤はやめとけ」とドン引きされたが…

――どうやってハマっていったんですか?

キマノー インターネットで探すと意外と簡単に薬物が見つかってしまって、大麻からコカイン、覚醒剤などに手を出しました。途中からは僕に大麻を勧めてきた同級生も「覚醒剤はやめとけ」とドン引きしてましたが、止められませんでした。

――周囲の目は気になりませんでしたか?

キマノー 山奥に亡くなった祖父母の別荘があったので、週末にそこで使うことが多かったです。周りに誰も住んでいないし、実家で母と暮らしているよりは気楽で。

 リビングで大麻を吸いながら本を読んだり考え事をしたり、感じたことをノートにメモしたりしていました。後で見返すと何を書いてるかほぼわからないんですけどね。アカウント名の「キマってるときのノート」はLSDを使っている時に書いたノートから来てます。

――後ろめたさなどはあった?

キマノー 許されないことをしてるとは、ずっと思ってました。でも法律も社会も自分をいじめや虐待から守ってくれなかったし、なんで自分は法律を守らなきゃいけないんだ? と思っていた気もします。今思えばよくある幼稚なアナーキズムなんですけど。

――依存によるトラブルなどはありましたか?

キマノー 薬物使用者のすべてが重度の依存者というわけでもなくて、自分も大麻が週1、LSDが月1くらいの“ライトユーザー”でした。

 ただ薬物界隈は人間関係のトラブルが多いのは確かです。売人はみんな半グレみたいなもんだし。

 あとは逮捕も怖かったですね。大麻を買いに行った帰りに職質されて警官20人くらいに取り囲まれたときは焦りました。買ったばかりの大麻をトイレに流して、その時は捕まりませんでしたが。

――それでも引き返せなかったのはどんな理由だったんですか?

キマノー 「失うものも目指すものも特になくなってしまったから」というのはあった気がしますね。

 尊敬してた人は失踪し、真面目に生きる最後の理由だった恋人には振られ、夢だった料理人は諦め、親とは険悪、バイトも嫌いではなかったけどルーティンワーク。全体的に惰性で生きている感じで、いつ捕まってもいいし、なんなら死んでもいいとも思ってました。それでもなんとなく現状は退屈で、今この瞬間が楽しければそれでいい、といった刹那的な考えだったんです。

「薬物を使うことで、はじめて『普通の人間』になれた気がした」

――薬物を使うことで失うものに価値を見出せなくなってしまった。

キマノー あとは薬物を使うことで、はじめて「普通の人間」になれた気がしていたんです。自分以外の人間がどうしてその場のノリや感覚で動けるのかが小さい頃からずっとわからなくて、会話のパターンを覚えてその場をやり過ごすことしかできませんでした。

 でも薬物を使うと自分の感覚以外のことが全部なくなるので、他の人と同じことができているような感じがしたんだと思います。

――生活に支障はなかったのですか?

キマノー 意外と生活できちゃってたんですよね。20歳からはボロアパートで一人暮らしを始めたんですけど、隣の独居老人は夜になると叫ぶし、上の階のカップルの夜の声も大きくて、僕が薬でおかしくなって部屋の家具をひっくり返したりしていても大した騒ぎにはなりませんでした。バイトにも通えてましたし、金銭的にも月2万円くらいだったので。

――それで逮捕されるまで止まれなかった。

キマノー そうですね。逮捕されたのは20歳の8月で、大麻仲間の同級生から「立川の売人に紹介してやるよ」と誘われた帰り道でした。

 夜の11時に同級生が運転する傷だらけのアルファードで立川まで行ったら、繁華街のバーにいたいかにもな感じの売人が、僕の右手に野球ボールくらいの大麻の塊をドカンとくれました。家まで送ってもらう途中に、甲州街道で後ろのパトカーから呼び止められました。

――車で走ってるだけなのに、ですか?

キマノー まぁ傷だらけのアルファードが、大音量で舐達磨の曲を流しながら走ってましたからね。職務質問する候補としては最優先だったんだと思います。後ろのパトカーに「止まってください」って言われて、手に持ってた大麻の塊を床に落ちてたユンケルの箱に突っ込んで、股間に隠しました。車から降りたら警察官に「なんだその膨らみは、出せ」と言われたんですけど、適当なことを言って時間稼ぎしている間にズボンの裾から大麻を捨てようとしたんですけど、ダメでした。

――警察に見つかった?

キマノー 大麻を全部捨てられたと思ってユンケルの空箱を渡したら、四隅にまだ残っていて、薬物検査の結果はもちろん陽性。それで、大麻所持で現行犯逮捕されました。

――捕まった瞬間、どう思いましたか?

キマノー いつか捕まるんだろうと思ってましたけど、やっぱりちゃんと捕まるんだな、今だったのか、と。

 逮捕されてそのまま留置場に入れられ、翌朝実家に電話して、母親に「大麻所持で捕まりました」と伝えました。

「母は最後まで留置場に来ませんでしたね」

――ほとんど会話もしていなかった息子から電話が来たと思ったらまさかの逮捕。どんな反応だったんですか?

キマノー 母は電話口で絶句してたので、バイト先に欠勤の連絡をしてほしいとだけお願いしました。

 3週間くらいして、父とバイト先の人たちが留置場に面会に来てくれたんですけど、母は最後まで来ませんでしたね。

――父親には何を言われたんですか?

キマノー 父とは何年も会っていなかったし、バイト先の社長も相当怒っているだろうと思っていたので、面会室で真っ先に「本当にご迷惑をおかけしました」と頭を下げました。でも顔を上げたら、みんな目が点になってました。逮捕されたことを怒るより、丸刈りにしてたことに驚いた、みたいな雰囲気でした。

 バイト先の社長は「早く戻ってきて」と言ってなぜか5000円差し入れてくれて、父親も逮捕には驚いてたけど、裁判の情状証人を引き受けてくれました。

――不思議な反応ですね。

キマノー 父親も若い頃は色々やっていた、という話もその時に初めて聞きました。保釈金150万円も親に払ってもらって実家に戻ったんですけど、それでも母親は声をかけてもきませんでした。

――裁判では有罪に。

キマノー 大麻取締法違反で懲役6ヶ月、執行猶予3年でした。東京地裁で判決を受けた後、駅前のデパートでヨックモックのシガール缶を買って、その足でバイト先に謝りにいきました。

――逮捕から5年ほどが経ちましたが、薬物とは手が切れそうですか?

キマノー ふとした瞬間に感覚を思い出すことはありますが、「1回逮捕されたらやめよう」と思っていた気持ちは強かったので戻らないつもりです。

 逮捕されて家族やバイト先に散々迷惑をかけましたし。

――最近は「薬物前科者バー」などを開催されていますが、どういう会なのでしょう。

キマノー 数年前、北海道の牧場でバイトしてた時に暇だったのでXやnoteで薬物を使っていた時期の話や、家で虐待されていたことなどを書いていました。そうしたら似たような経験がある人から相談を受けることが増えてきて、違法薬物ではなくてもオーバードーズとか薬物との関係に悩んでる人は多いんだなと思いました。それで東京に戻って「売買・使用・推奨しなければ薬物の話をしてもOK」というルールで“薬物前科者バー”をやるようになりました。

誰にも相談できない「やめたいけど、やめられない」人

――その人たちはどうしてキマノーさんに相談するんですか?

キマノー 僕自身が薬物経験者ですし、「オーバードーズを否定も肯定もしなそうに見える」と言われたことはあります。「やめたいけど、やめられない」という状況にある人って、支援団体とかに相談するのを躊躇することも多くて、そういう話をしやすい相手なんだと思います。

――「オーバードーズをやめたい」という相談が多いんですか?

キマノー 本人がやめたがってる場合もありますし、恋人にやめさせたいけどどうしたらいいか、というのもありますね。

――どんなアドバイスをするんでしょう。

キマノー 僕は医者でもないし専門家でもないので、ただ話を聞いて“一緒に困る”だけ。「薬をやめたほうがいい」とか、「こうしたらやめられる」とかは言わないし、僕には言えない。人の人生に責任を持てる立場でもないですし。もし何か言うとしたら、自分の経験を話すことぐらいですかね。薬物は副作用もあるし、違法薬物は逮捕されますし。

――相談者はどういう人が多いんですか?

キマノー 年齢は高校生ぐらいから上は50代60代もいますね。性別は女性の方が多いです。共通点としては、親との関係に問題を抱えていた人が多いです。「親の言う通りに生きるか、それとも死ぬかで悩んでます」とか、「自分は普通になれなかった。これって人生終わりですよね?」みたいな極端な二択に陥っちゃってる人も多い印象で、その間にもうちょっとマシな選択肢がないのか一緒に考えてみませんか? という感じですね。

――薬物の話をする機会が増えると、その世界に接近してしまうリスクもありそうです。

キマノー そのリスクはあると思うし、正直、絶対に大丈夫とは言い切れないですよね。自分を過信しない、周りの人に何か感じたら教えてもらうように頼んでおく、とか意識はしてますけど、今は境界線の上でギリギリ踏みとどまってるだけだと思います。

「経験上、薬物がやめられなくなる一番の要因は孤立だと思うんです」

――そこまでして薬物に苦しむ人たちとの接点を作る理由はなんですか?

キマノー たぶんそれが、僕が一番してほしかったことだからでしょうね。経験上、薬物がやめられなくなる一番の要因は孤立だと思うんです。1人でいるとなかなかこっち側に戻って来れなくなる。人に話せる場があるだけで踏みとどまれることもあるのかなって。小さなコミュニティですけど、僕にとって「失いたくないもの」になりましたし、そう思ってくれる人もいるんじゃないかなって。

――それはキマノーさんが家族にしてほしかったことですか?

キマノー まぁそうでしょうね。今思えば母は母なりに精一杯だったんだろうし、父も自分の人生を生きていただけだとは思いますけど、それでも家庭環境が違えば人生が違ったんだろうなとは思いますね。

――孤立していた時期を越えて、今は社会とのつながりを作り直しているところですか?

キマノー 僕は小学校に入った時からずっと「社会の中に自分の居場所がない」という感覚がありました。正直いまでも、ちゃんと社会をやれているとは思いませんし。

 ただ最近は色んな形で僕と関わってくれる人が増えてきて、これはこれで社会との関わり方としてアリなのかもなとも思うようになりました。レールを外れるのを恐れている人に、レールは外れたけどどうにかやってる姿を見せたい、と思ってるんですよね。

(遠山 怜)