尾崎繁美がむかえる、夫・尾崎豊の34回目の命日。「夢に出てきた夫が私に語ったこと」

写真拡大 (全3枚)

24歳のとき、3歳にならない小さな息子を抱え、突然愛する夫である尾崎豊さんを失った尾崎繁美さん。1992年4月25日、今から34年前の出来事でした。

今もなお数々の名曲が世代を超えて歌い継がれる尾崎豊さん。豊さんの創作での苦悩や葛藤、さまざまな思いをもっとも近くから見てきたのが妻の尾崎繁美さんです。豊さんの没後30年を節目に、繁美さんは自らの言葉で夫が遺した想いや家族との絆などについて、連載『30年後に語ること』に書き残す決心しました。そして、豊さんが旅立った後の繁美さんと息子である尾崎裕哉さんが辿ってきた人生について、現在『笑顔に守る力』で連載を続けています。

前編では、4年前の30回目の命日を機に、書き残すことを決意した繁美さんの想いを改めて寄稿いただきました。後編では、長く現れることがなかった豊さんの夢を最近見るようになったというエピソードについて、引き続き綴っていただきます。

夢に現れなくなった夫

つい最近、豊の夢を見たのです。

実は、今年に入って豊が現れたのは三度目で、元旦に見た初夢、3月12日の私の誕生日の朝……。そして、先日お墓参りから帰宅し、夕飯のあとソファーでウトウトしながら浅い眠りに落ちたときにも現れたのです。どれも、どこか意味を含んでいるような象徴的なタイミングでした。

思えば長い間、彼は夢にほとんど現れませんでした。亡くなった当初は、「夢でいいから会いたい」と願いながら眠りにつき、何度か夢の中で再会することがありました。夢の中の豊は、不思議な言葉を残したり、まるで予言めいたことを伝えてくれて、それが現実に起こることもあり、見えない世界と今ここにある日常が、どこかで確かに繋がっているように感じたのです。

夢に出てこなくなった理由

ところが、いつの頃からか彼が夢にあまり出てこなくなり、一年に一度あるかないか。間隔が開いていくほどに寂しさを感じていました。

今でも豊が旅立った12時6分の時刻になると、心の中で掌を合わせ、彼が好きだったお経の一部分を唱えています。日々の流れで変わることなく想い続けているのに、なぜ夢に出てこないのだろう……。もしかしたら、あえて現れないのではないか……。そんな思いが胸をよぎったこともありました。

そんなとき、今から四年ほど前の2022年2月27日放映の『林先生の日曜日の初耳学』で作家の伊集院静さんが出演されているのを観たのです。

番組の中で、元奥さまで女優の故・夏目雅子さんのことに触れながら、「大事な人ほど、夢には出てこない」と語られていて、それは、悲しませないように、(こちらに)今でも気を遣ってくれている、のだと……。

その言葉に触れたとき、胸の奥に沈んでいたものが、ようやく浮かび上がり、心が軽くなった気がしたのです。愛する人を失った者にしか届かない、まっすぐな真実が、その言葉には宿っていました。あぁ、そうかもしれないと。私の中にあった想いと重なり、深く頷きました。

そして時を経て、今年に入り、豊は再び夢に現れたのです。ただ会いたいと願っていた頃の夢とは違い、今は何かを受け取るような感覚へと変わりました。

かつての夢は、彼が生き返る、本当は生きているのに事情があって会えない......そんな物語のような場面が多く、夢の中の私は、ようやく再会できた安堵と、現実ではありえないはずの時間を過ごせた喜びがありました。今年の初夢には、出会った頃の彼が現れたのです。夢の中の彼は20歳、私は18歳。見覚えがある場所で手を繋いで黙々と歩いている。何かを語るわけではないのに、何か大切メッセージを渡されている......そんな感覚だけが残っていました。けれど、目が覚めると、その“内容”はほぼ跡形もなく忘れてしまう。憶えていれば、と思いながらも、夢とは、本来そういうものだと思います。

夫からのかけがえのない贈り物

先月、私の誕生日があったのですが、その朝に見た夢は、まるで豊から祝福されているようなプレゼントでした。

彼と私はふたり並んで水辺で池を見ていました。彼はあの頃と変わらない、26歳のままの佇まいで……。一方で私は、今の自分でした。58歳のすっぴんで飾らない私。眩しい太陽の光に目を細めながら日焼けを気にしていると、ふと、池に映る自分の姿を見てなんとなく恥ずかしくなりました。彼の隣にいるには不釣り合いな気がして、「あまり見ないで」と、思わず言ってしまったのです。

すると彼は、やわらかな笑みを浮かべながら、こう言いました。

「しーちゃんは、いつでも美しいから大丈夫」

思わず「でも、日焼けは嫌だ」と返した私に、彼はさらに優しく微笑み、続けました。

「真の美しさとは、人を幸せに導くことだよ」

その言葉が胸の奥にじんわりと届いた瞬間、夢はするりと途切れました。

目が覚めると同時に、涙がこぼれ......誕生日の朝に届けられた、かけがえのない言葉の贈り物でした。

なぜあの夢の中の私は、過去の若い頃の私ではなく、今の自分のままだったのか……。今までの夢では、若い彼の隣には、いつも若い私がいたのです。

そして、「会えた」というよりも、「受け取った」という感覚に近いものがありました。

夢の形は、少しずつ変わっていくのかもしれません。かつては、ただ「会いたい」と願っていた。でも今は、「言葉や想いを受け取るための時間」として移り変わっている。こうやって時間は、すべてを奪い去るものではなく、見えないところで、何かを育てていくものなのかもしれません。

失ったはずのものが、別の形で自分の中に息づいている。そして必要なときに、必要な形で届けられる。そんなことを、あの朝の夢が教えてくれた気がしていました。

だからこそ、豊から受け取った「人を幸せに導けるような美しさを持つ人でありたい」を胸に刻んでいきたいと思いました。

親愛なる遥いあなたへ

34年という時を越えて♡

I promise to guide others to happiness.

【前編】夫・尾崎豊が天国に旅立って34年…妻・尾崎繁美が語る「29年目にインスタグラムを始めた理由」