幼少期から“トンボ好き”として知られる悠仁さま

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 悠仁さまの大学生活が2年目に入った。現在、筑波大生命環境学群生物学類で生物学を専攻しており、2年次からは本格的なフィールドワークが始まるなど専門的な研究活動が増えるという。

【問題提起された論文そのものの写真】筆頭著者として悠仁さまのお名前が

〈2か所の概念表現に基本的問題(齟齬)がある〉

 その悠仁さまは幼少期から"トンボ好き"として知られ、高校2年時には国立科学博物館研究報告A類(動物学)にて発表された論文の筆頭著者となり、大きな話題となった。だが、最近になって悠仁さまが執筆したトンボ論文をめぐりある"騒動"が起きている。

 発端は、3月31日に発行された房総蜻蛉研究所の会報『トンボ通信』の最新号に掲載された論考だった。同研究所は日本トンボ学会監事の互井(たがい)賢二氏が代表を務め、トンボの生態などについての教育活動を行なう団体だ。

 同会報に掲載された、日本トンボ学会学会員で同研究所の研究員である小関裕兄氏による論考「羽化という概念表現について」で、悠仁さまが執筆した論文『赤坂御用地のトンボ相 ―多様な環境と人の手による維持管理―』(2023年、国立科学博物館紀要)が取り上げられ、〈2か所の概念表現に基本的問題(齟齬)がある〉と指摘された。

 指摘される対象となった『赤坂御用地のトンボ相』論文は悠仁さまを筆頭著者とし、農業・食品産業技術総合研究機構の元研究員で宮内庁職員の飯島健氏、トンボの研究者で国立科学博物館(科博)研究主幹の清拓哉氏が共著者として名を連ねる。秋篠宮邸などが所在する赤坂御用地内には豊かな自然環境があり、そこで10年以上にわたりトンボ観察を続けてきた悠仁さまが、その成果をまとめたものだ。絶滅危惧種を含む8科38種のトンボが確認されたこと、その特徴や要因などが多くの写真とともに記された25ページの論文である。

 問題とされたのは、論文に掲載されたトンボの写真2点の説明文だ。〈アキアカネ♀羽化〉〈コシアキトンボ♂羽化〉と記載された部分について、論考では〈写真は両方とも「未熟個体」というべきもの〉〈「羽化」と表現することは基本的な違和感〉があると述べている。どういうことか。

用語の誤認を懸念した「純学術的な問題提起」

 同論考によると、研究者にとってトンボの「羽化」とは、ヤゴ(幼虫)が脱皮して成虫になる「現象のプロセス」を表わし、脱皮のために殻を破る最中や、翅を伸ばしている最中の「動作」を指すものだという。

 そのうえで、〈2つの写真は「羽化の瞬間」ではなく「未熟な成虫」である〉とする。

 論文に掲載されたアキアカネの写真については、〈羽化直後の薄褐色ではなく、しっかり色づいています。翅も(羽化直後の特徴である)ピカピカもありませんし、(羽化後の時間経過を示す)翅脈もはっきりしてきています〉と指摘。もう一方のコシアキトンボについては、〈翅がピカピカしており翅脈も明確ではありません〉という理由で、〈「羽化直後」の個体〉と推定した。そして、2つの写真に「羽化」との説明を付けるのは〈用語の誤認〉であり、〈論文における「論理的な厳密性」に欠けるとの問題が生じます〉と記している。

 用語の誤認が「科博の論文」という公的な記録として残ることの教育的・資料的影響を懸念する同論考。執筆した小関氏に話を聞いた。

「(写真の場面は)広い意味で羽化と言われますが、厳密性を問われるべき国立科学博物館の論文は、狭義の『羽化』を使うべきと考えます。同論文でアキアカネの羽化とされた写真では、トンボは色づいており、翅を見ても飛べる状態に開いており、未熟個体であることを示しています。羽化殻が付いていますが、この羽化殻は、別のグループのトンボの羽化殻である可能性が高く、写真のアキアカネは別の場所から飛来してきた可能性が高いと思われます」

 小関氏は『トンボ通信』発行元代表である前述の互井氏に、「問題提起」として論考をまとめるように勧められたという。

 トンボ学会監事を務める互井氏にも話を聞くと、まず悠仁さまの論文を肯定的に評価した。

「皇居や赤坂御用地のトンボ相は、誰もが自由に調査できる場所ではない。それだけに、10年以上にわたって調査をしてきた悠仁親王の学術論文の価値は非常に高いと考えています」

 そのうえで、今回の論考を会報に載せた経緯を互井氏はこう説明する。

「広い意味では『羽化』と言えるが学術的な厳密性に欠けるとの小関氏の指摘は、あくまで問題提起です。どちらの写真も広い意味では羽化と言えるので、絶対的な間違いではない。『トンボ通信』に載せれば学会の関係者が読むので、純学術的な問題提起になると考え、掲載を決めたわけです」

皇族ゆえの恵まれた環境にSNSでは反発も

 問題提起が他の研究者からどう受け止められているのかを確認するために、日本トンボ学会会長の苅部治紀氏に今回の指摘について尋ねると、以下のような回答があった。

「(論文の写真の場面を)広く『羽化』と捉える記述は他にもあり、明らかな誤りではないでしょう。今回の指摘は行き過ぎだと思います。あくまで著者(小関氏)の私見であり、重大な誤記ではない」

 そう見解を示したうえで、苅部氏はこう続けた。

「同論文については他にも揚げ足取りのように見える動きがあり、残念に思います」

 悠仁さまが筆頭著者を務めた同論文が発表直後から注目を集め、時に騒動につながっていたことはたしかだ。

 発表された2023年は悠仁さまの大学進学先が取り沙汰された時期でもあった。皇室記者はこう言う。

「当時は筑波大進学が決まる前でSNSなどでは、『東大推薦入学に向けた実績づくりでは』などと訝る声もあった。論文の共同執筆者は実績のある研究者。権威ある人を共著者にできる皇族ゆえの恵まれた環境に、反発が生じたと考えられます」

 悠仁さまと飯島氏、清氏は、2024年8月に京都で開かれた国際昆虫学会議でも「皇居のトンボ相」と題したポスター形式の研究発表を行なっている。

 ただ、時を同じくして科博の紀要にトンボ論文の「正誤表」が掲載され、学名表記のミスなど計8か所の訂正があったことも報じられた。

 これについては前出・互井氏も、「凡ミスと言える類のもので、高校生だった悠仁親王を指導し、論文に整えた共著者のチェックが甘かったのでしょう」と話す。

「ただ、それ以外にも、確たる根拠もなく、"論文の写真にあるトンボが実物ではなく標本ではないか"などとする、いい加減な指摘が数多くありました。今回、掲載した『羽化』についての論考は、そうしたいい加減な怪しい指摘を排した時に、どういった問題提起が残るか、という観点でまとめてもらったものです」(互井氏)

共著者は「羽化に明確な定義はなされていない」

 天皇や皇族の研究活動は戦後の皇室の伝統だ。

 昭和天皇は植物や粘菌、ヒドロ虫類などの分類学研究に熱心に取り組み、上皇はハゼ類の分類学を専門とした。今上天皇は大学で水運史を学び、水問題の専門家として講演も行なう。悠仁さまの父である秋篠宮はナマズの研究者として知られ、ニワトリの起源と家禽化についての論文では皇族初の博士号を取得した。

 研究対象の分野の選び方について、皇室ジャーナリストの神田秀一氏はこう言う。

「研究者として国民と競合しないよう、マイナーな分野を選ぶという配慮があるのかもしれません。逆に言うと、そうした天皇や皇族の研究に対して、他の研究者が誤りなどを指摘するのは相当勇気がいることです」

 例えば昭和天皇の場合はこんな出来事があったという。皇室記者が語る。

「昭和天皇が皇太子時代の1918年に沼津御用邸近くの海岸で発見した大きな赤いエビは、1922年に新種として『シンパシファエア・インペリアリス』の学名が与えられましたが、その後、1982年に科博の研究員と常陸宮さまの共同研究で新種ではないことが判明しました。学名は取り消されましたが、昭和天皇は研究員に論文の誤りを指摘されても静かに受け止めたという。当時は天皇に学術上の誤りを指摘する研究員の勇気に感心しました」

 前出の神田氏は「論文が様々な批評を受けることは研究者として経験を積むということ。根拠のある学術的な指摘であれば、学問の進歩にも繋がるはずです」と語った。

 共著者である飯島氏が所属する宮内庁に、今回の指摘について聞くと、「宮内庁としてお答えする立場にございません」(総務課報道室)と回答した。

 同じく、共著者の清氏が所属する科博は、「トンボ類の『羽化』について明確な定義はなされていないと承知しています。(当該写真の説明文は)清研究主幹を含めた執筆者全員で確認して投稿したものとなります。(小関氏の指摘による訂正・補足の追加などは)現時点では考えておりません。悠仁親王殿下が筆頭著者となっている理由については、他の研究論文と同様相対的貢献度を踏まえ、データの収集や執筆の面で論文への関与が最も大きかったことが理由です」と回答した。

 成年皇族となり、「将来の天皇」としての重責を担うとともに、研究者としての活動も続けることになる悠仁さま。その論文や研究の価値は今後、どう評価されていくことになるのか。

※週刊ポスト2026年5月1日号