クマに9回も襲われ、いずれも生還…70代男性が振り返る『家に帰ったらクマがいた』ときの記憶「口に長靴をくわえて…」
ある日、家に帰ると玄関の奥にクマがいた――。
【衝撃!】帰宅すると玄関の奥に…著者の自宅に侵入した「クマ」を見る
これまでクマに9回襲われた経験があるクマ研究家・米田一彦さんの新著『家に帰ったらクマがいた』(PHP研究所)から、クマが自宅に侵入した際のエピソードを一部抜粋してお届けする。

これまで3000回以上クマに遭遇、9回も襲われたことがある米田一彦さん(書籍より、以下同)
◆◆◆
罠にかかり、自らの手首を切断して逃げるクマも
1994年5月、広島県T町で、イノシシを捕獲するワイヤーの括り罠にクマがかかり放獣することになった。太さ4ミリメートル、長さ4メートルほどのワイヤーに、このクマの右前足の手首が掛かっていて、突進してきたら切れる恐れがあった。
罠の端は松の木に留めてあり、半径4メートルはクマが暴れて荒れ果てていた。私は麻酔剤の吹き矢を構えてクマに近寄り、1発目を尻に当てた。クマの動きが鈍り、私はさらにもう1発撃とうと筒を向けた。するとクマはワイヤーの端を止めてある松の木に登った。
良い位置にクマの尻が来たので吹き矢を向けると、ばっと翻った。クマが両腕を広げて私に覆いかぶさる刹那、後ろから銃声が轟き、クマの顔は朱の盤を貼りつけたような恐ろしい形相になった。
ワイヤーはクマの体重と勢いで切れ、クマは地面に叩きつけられて「ふおっ、ふおっ」と叫びを噴き上げながら逃げ去った。
クマの錯誤捕獲(仕掛けた罠に、本来の対象とは違った動物がかかること)からの開放は、最も危険な作業の部類だ。私は中国五県で、このような事例を数限りなく実施してきた。ワイヤーがクマの手首までかかっているなら良いが、多くは掌で、指先2本だけのこともある。自ら手首を切断して逃げるクマもおり、3本足のクマを見たことがある。
ワイヤー罠にかかったクマに襲われる例は、狩猟者のみならず無関係の通行人でも報告されている。そのため広島県では、錯誤捕獲が多かった県北西部の広い地域をワイヤーワナ架設禁止区域に指定している。
頭上からクマが落ちてきて……
クマとの危険な接触はこれだけではない。
2008年7月13日、歩道の両側の笹原の揺れに警戒しながらある現場に着く。私が読もうと思って椅子の下に置いたS・ヘレロ著『ベア・アタックス1』などの本が散乱している。
本には見事に咬み痕が残っていた。私は違うが、日本のクマ研究者たちが聖書のように崇めている本にアタックするとは良くできた子たちだ。
翌日7月14日、そのクマが来るのを緊張しながら待っていると突然、めりめりと腐木を割る音が聞こえた。驚いて音の方向を探すが見えず、それでも大きな音は続いた。「ちくしょう」と舌打ちをしながら空を見上げていたら、20メートル先の腐ったミズナラの上から、黒い塊がゆらゆらと体をくねらしながら降りてきた。
その1ヶ月ほど前に、このクマは腐った倒木を割ってヤマトシロアリを食べていた。その姿が印象深かったので、私は空を見上げるのを忘れており、危うい経験をした。幸い襲われることはなかったが、ヒヤッとしたものである。
安息の場であるべき自宅にクマが侵入して来て家族が襲われたら……想像するだけでぞっとするだろう。昭和戦後期には、そのような事故が多発していて、8人が重軽傷を負った例もある。
私の家にクマが侵入したときに私は喜んだ。そのとき、クマが長靴を容器にして食べ物を運ぶのを見たからだ。
帰宅したら、玄関でクマが眠っていた
1996年5月24日、私が帰宅すると玄関の引き戸が30センチメートルほど開いている。朝に締め忘れたかなと思いつつ戸を左に開けると、機材置き場になっている玄関の奥の暗がりに黒いものが溶け込んでいる。40キログラムほどのクマが前のめりに眠っていて動かないのだ。
ここで暴れて機材を壊されては困る。穏やかに出て行ってもらおうと「おいっ」と声を投げかけると、クマは前の板壁に鼻を打ち、ふぉっと噴いて瞬転し私の脇腹をかすって逃げた。口には耐刃長靴をくわえていた。それを持っていかれては仕事で困るので、「置いてけー」とサンダルを投げつけるとクマの尻に当たって靴を放した。
なんで靴なんかと思って見ると、中からドッグフードの粒が1リットルほども出てきた。ネズミが冬用に蓄えていたのだろう。クマは靴の上部をくわえてドッグフードを運んだということは、容器の概念があるということだ。
群馬県の男性がクマに襲われて右脚の親指を咬まれ靴を持っていかれた……。そのことを思い出した。
クマは、締めてある玄関を横に押し開ける動作をして私を惑わす。クマが食べ物を安全な場所に運んで食べる行動はよく見られる。たとえば被害対策を行なっている養蜂場では養蜂箱ごと川を越えた森にまで運んで破壊していた。養蜂家は、この行動を「クマは養蜂箱を肩に担いで(立って)運ぶ」と表現している。
〈「撃つな! 当たる!」襲われたマタギは血まみれに…これまで3000回以上も『クマ』と遭遇した研究家が今でも忘れない“恐怖体験”〉へ続く
(米田 一彦/Webオリジナル(外部転載))
