完全個室に専用ラウンジ、NASAの座席シートまで…ホテル代高騰が生んだ「プレミアム夜行バス」ブームの知られざる実態
全国47都道府県を走り、うち45都府県を結ぶ高速バス・夜行バス。航空・鉄道といった他の交通機関に比べ、圧倒的に安くつくリーズナブルさが魅力であった。
そんなバス業界で、いま「座席のプレミアム化」が進んでいる。180度横になれる「フルフラット座席」だけでなく、NASAの技術を応用したシートに寝転びながらほぼ個室感覚で使える席、繭型ユニットにくるまれる座席などが登場。さらにはメイクができる利用者専用ラウンジを備えたバス会社まで現れ、快適性の追求は一段と加速している。
その背景を探っていくと、ある事実が浮かび上がってきた。どうやらコロナ禍後に加速する「都内ホテル代の高騰」が、深く関係しているようなのだ。実際に夜行バス座席に乗り込みながら、その実態を読み解いていこう。
前編記事『高速バス業界で大注目の「走るカプセルホテル」…日本初!真横になって熟睡できる「寝台夜行バス」進化の全貌』より続く。
料金は倍!でも「NASAのシート」で熟睡できる
なかなかハイクラスな料金ではあるが、座席や車内環境は想像以上に快適!そんな夜行バスの代表格が、東京〜大阪・奈良間で運行している「ドリームスリーパー号」(関東バス・奈良交通が運行)だろう。
通常の3列高速バスが28席程度であるのに対し、「ドリームスリーパー号」はわずか11席。各室はしっかりとした壁と扉で仕切られた完全個室となっており、お隣の寝息すら聞こえないほどの遮音性を誇る。公式サイトでも「11席」ではなく「11室」と表記されており、もはや「走るホテル」と呼んでいいような存在だ。
車内にはアメニティとして、スリッパ・歯ブラシ・ウェットタオル・ミネラルウォーター・マスクが置かれ、申し出ればルームウェア・ブランケット・ちょっといいサイズのヘッドフォンなども貸してくれる。アメニティの充実ぶりでいえば、その辺りのシティホテルに引けを取らない。
そして肝心の座席は、NASAの理論に着想を得た「ゼログラビティ」シートを採用している。フットレストを上げれば足が90度水平になり、さらにシート中央のお尻部分が沈み込む仕様になっている。一説には体重の約20%を占めるともいわれるお尻の重みを感じさせない、重力から解放されたような姿勢で一晩を過ごせるのだ。室内はご丁寧にノートPCを置けるテーブルまで備えており、体力温存で睡眠をとるもよし、車内で仕事するもよし、となっている。
東京〜奈良間の料金は運賃7000円〜1万1000円に座席指定料金1万1000円が加わり、通常の座席と比べると倍近い出費になるが、それでも予約が取れないほどの盛況が続いている。「倍の料金を払ってでも、快適な空間で過ごして熟睡したい」と感じる人が確実に存在するのだろう。ドリームスリーパーのプレミアム感は、1万1000円という高額な追加料金に見合うものとして、しっかりと支持を集めている。
意外と多い「個室タイプ」のバス
このほかプライバシーを守れる個室を採用しているのは、全但バスの「ラグリア」(城崎温泉〜大阪間などで運行)、西鉄バス「はかた号」(バスタ新宿〜博多間)などがあり、各路線で一定の支持を得ている。
またWILLERの「リボーン」座席のように、繭のようにすっぽりとシェルに囲まれ、ほかの乗客に寝顔を見られないような構造の座席を設けている車両もある。
WILLERや「VIPライナー」(平成エンタープライゼス)といった後発のバス会社は5種類以上の座席タイプを用意しており、利用者が自身のニーズや予算に合わせて吟味できる体制を整えている。
こうして各社はリクライニングシートのプレミアム化・個室化を進め「翌朝に疲れを残さない」環境を提供するかわりに、3000円〜8000円程度の追加料金を設定している。
かつて、新幹線や飛行機と比べて「安さがウリ」で選んでいた高速バスユーザーは、なぜこうしたプレミアムな座席を好むようになったのか? その背景にはもうひとつ、高速バスにとっては追い風となった「コロナ禍後のホテル代高騰」問題が浮かび上がる。
ホテル代が高すぎる!
コロナ禍前の東京では、高級ホテルから格安ホテルまでが混在しており、安ければ1泊数千円から1万円以内で宿泊できた。そのため、前日に新幹線などで東京入りして1泊し、翌朝から行動するいわゆる「前乗り」をする人も多く見られた。しかしいま、かつて「前乗り」をしていた人々が、高速バスへと流れ始めているのだ。
▲都内ホテルの料金水準は、コロナ禍前をはるかに上回る勢いで高騰を続けている(東京ホテル会資料より)
カプセルホテルでさえ1泊1万円〜
コロナ禍による移動自粛で、ホテル業界が大きな痛手を被ったことは言うまでもない。この影響で競争力を失った格安ホテルが次々と閉業したあと、感染収束とともにインバウンド需要が急増。庶民にはあまり縁がない高級ホテルが一挙に増加した上、安価な宿泊施設の不足からカプセルホテルでさえ1泊1万〜2万円出さなければ泊まれないという状況が生まれた。こうして都内のホテル単価はコロナ禍前と比べて倍増ペースともいえる高騰を記録するようになってしまったのだ。
さらに予約そのものが取れない事態も多発し、運よく予約できても1泊2万〜3万円かかるケースも珍しくなくなった。こうした状況に音を上げた人々が「移動しながら一晩過ごすことで、ホテル代を節約できる」夜行バスへと次々に流れ、利用者数の増加につながっているのだ。
ただ、激安が売りの狭苦しい4列シートバスではまず眠れない。そこで利用者のあいだに「快適に眠れる座席へのアップグレードに数千円を払う」というニーズが生まれた。人によってはもったいないと感じるかもしれないが、高騰したホテル代と比べればはるかに安く、「安っぽい座席で一睡もできなかった」という最悪の事態も避けられる。
利用者としては最安値と最高値の中間を取るような選択であり、「前乗り宿泊」や「高級ホテル宿泊」と比べても出費をぐっと抑えられるわけだ。
いまの夜行バスにおける「プレミアム座席」ブームの背景には、やむを得ない折衷案としての「寝ながら移動すればホテル代を節約できる」というマインドが存在していたのだ。
バス待ち環境もグレードアップ!
高速バス・夜行バスユーザーへのサービスは、「座席のプレミアム化」だけにとどまらない。
業者のなかには、「VIPライナー」(平成エンタープライゼス)などのように専用ラウンジを設け、充電用のコンセントだけでなく美容機器・メイクルームもつかえるような「バス待ち環境」を整えているケースもある。なかには「さくら高速バス」のように直営のインターネットカフェを開設して乗客を休ませたり、到着後のオプションとしてサウナ・食事処を準備し、ゆったりした環境で降車後の疲れを取ってもらおう、というサービスもある。
オプションやラウンジの利用料金はかなり割安、あるいは無料に設定されており、バス会社にとっての利益は薄い。それでも、自社のバスで一晩を過ごした乗客に「快適だった!」と口コミで広めてもらうためには、必要な投資といえるのだ。
過熱する夜行バスのサービス競争
高速バス・夜行バスのライバルとなる鉄道では、いまやほとんどの夜行列車が消滅している。飛行機はタイムセール時でもない限り、価格面でバスと競合することはない。「寝ながら移動できる」唯一の選択肢として、バス業界の好調はしばらく続くだろう。
あとは夜行バスを「宿泊に代わる選択肢」として認知してもらい、いかに日常的なサービスとして定着させるかが課題だ。運転手不足による人件費高騰や原油高によるコスト増も続くなか、各バス会社には座席・サービスのさらなるブラッシュアップが求められている。
(クレジットなしの写真はすべて筆者撮影)
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