「あなた常盤さん?」「そうです」常盤貴子(53)が一人きりで純喫茶に来店…いったいなぜ? 能登の被災者が明かした“納得の理由”とは
「『人間 常盤貴子はなにを求めるのか?』と考えたとき、たった1人の笑顔でも取り返すことができたらと思うようになった」
発生から2年以上が経った能登半島地震。被災地へ想いを馳せるのは女優の常盤貴子(53)だ。

常盤貴子
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平成連ドラの女王…俳優夫との夫婦仲は円満
常盤が芸能界の門を叩いたのは短大在学中のとき。
「現在も所属するスターダストを自ら訪問し、採用となったが脇役ばかりで路上ライブの司会など下積みが続いた」(スポーツ紙記者)
1995年の「愛していると言ってくれ」(TBS)で豊川悦司の恋人役を演じてブレイク。木村拓哉とW主演をした2000年の「Beautiful Life」(TBS)は最終回視聴率が41%を超える社会現象になった。
「90年代にドラマの主演を7連投して“平成連ドラの女王”と称された。当時は主演を務めた女優が続けて別の作品で主演をするのは珍しく、事務所には視聴者やテレビ局からクレームが届いた」(同前)
プライベートでは95年、「FRIDAY」に松本人志との熱愛を撮られた。
「記者会見で交際について尋ねられ、『やだ〜。そういうこと言って、もうムカつくな〜』と笑顔でいなした。09年に演出家で俳優の長塚圭史と結婚。その後長塚は真木よう子との深夜デートを撮られましたが、常盤は長塚が演出する舞台に出演するなど、今も夫婦仲は円満です」(同前)
能登の被災者が明かした“納得の理由”
そんな常盤が冒頭のように語ったのが3月20日に放送されたNHK「インタビュー ここから」だ。
「常盤さんと能登の出会いは15年の連続テレビ小説『まれ』の出演。能登を舞台にした同作では撮影の合間を縫って自らレンタカーを運転して海辺で台本を読んだり、地元の人と交流していた」(地元関係者)
その後も珠洲(すず)市で開催される「奥能登国際芸術祭」で朗読劇に参加したり、地元新聞で連載をしたりなど交流は続いた。
「地震発生直後は能登の親しい人たちに『大丈夫? 返信不要です』と連絡を入れていた。2カ月後に『まれチーム』で炊き出しに参加。常盤さんは被害が甚大でたどり着くのが困難な奥能登の珠洲市大谷地区にも足を運んでいた。
身近な人が被災した経験から防災士の資格も取得した。『まれ』から11年、奥能登を舞台にしたNHKドラマ『ラジオスター』が3月30日から放送開始され、地元住民役で出演する」(同前)
常盤の能登愛は今も変わらない。昨年10月、常盤の姿は小松市の純喫茶「パーラーアコ」にあった。
店主の岡野信夫さんの話。
「常盤さんは最初1人で来店されて気づかなかった。話していると能登のことやドラマのことを話すので『もしかして、あなた常盤さん?』と聞いたら『そうです』と(笑)。サインを貰おうとしたが色紙がない。そうしたら『明日また来るのでそのとき持ってきますよ』と翌日にサイン入り手拭いを持ってきてくれた」
珠洲焼作家で「ラジオスター」にも出演する篠原敬さんも話す。
「震災直後、いろんな芸能人が能登に入ったが2、3回来たら満足するような人もいる。常盤さんのように仕事でもプライベートでも継続するのは簡単ではない」
復興支援について悩みもあった。
「震災から2カ月後に会ったとき、『私はなにをしたら良いのか……』と聞かれた。瓦礫の撤去などはプロに任せて、『被災者から笑顔を引き出して欲しい』とお願いしたのです。お金やモノではなく、彼女は希望を届けてくれました」(同前)
“能登のスター”常盤はこれからも輝き続ける。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2026年4月2日号)
