資産は6階建て自宅兼賃貸ビルと金融資産だが…「長男の子どもには渡したくない!」80代男性が〈長女の息子〉を養子に迎えたワケ【相続の専門家が解説】
RC造6階建ての自宅兼賃貸ビルと金融資産を持つ父親(80代)。長女のTさん(50代)が直面していたのは、「不動産を誰に承継させるのか」という家族の問題でした。離婚した長男(60代)には実子がいるものの関係は疎遠で、ビルはその子どもたちには渡したくないという思いがあります。そこで浮上したのが、孫を養子に迎える相続設計でした。相続実務士・曽根惠子氏が実例をもとに解説します。
父の不動産を兄の実子に渡したくない
今回のご相談は、父親と母親、長女である相談者、長男である兄、そして長女の息子が関係者です。最初は長女のTさん(50代)と80代のご両親の3人で相談に来られました。一番の懸念点は同居する相談者の兄(60代)は離婚していて、実子が2人いるが、母親側に育てられていて兄とも親子の関係が薄いため、不動産に関しては兄の実子に渡らないようにしたいということでした。
仕事の関係で同行されなかった兄もそのことを懸念しており、両親もTさんも同じ気持ちです。また、Tさんの息子も学生のため、同行はできませんでしたが、そのことは理解しているとのこと。
父親の資産の中心にはRC造の自宅兼賃貸ビルと金融資産があります。6階建ての最上階に自宅があり、1階から5階はテナントに貸していますので、父親には安定した家賃収入があります。自宅であり、賃貸物件でもあるビルには兄の子どもたちに渡したくないということなのです。
浮かび上がった5つの課題
さらに過去の贈与や書類の所在不明など、多くの整理課題が存在していました。相談者は、相続設計を「単なる税金の問題」ではなく、家族全員が納得できる形で整えたいという強い思いを持たれていました。
面談で整理された課題は大きく分けて5つあります。第一に、養子縁組をどう実行するかです。第二に、ビルや金融資産をどのように分けるかです。第三に、相続税や贈与税をできるだけ抑える方法です。第四に、必要書類の不足や所在不明の問題です。そして第五に、特に兄と母親との間に見られる認識のズレの調整です。この5つを同時に整理し、家族全員が安心できる形で設計することが面談の目的でした。
遺言書の必要性と設計
養子縁組をしても遺言書がない場合、法定相続分は母親が半分、残りを子どもと養子の3人の均等に分ける形になります。しかし今回のご希望は、不動産であるビルは将来は長女と孫に承継させたいということでした。金融資産は、母親と兄に多めに配分したいというご希望でした。
ここで問題になるのは兄の遺留分です。兄の遺留分はゼロにすることはできず、過去に兄へ資金移動があったこともあり、相続時精算課税制度を利用していれば相続財産として加算されますが、それでも、「前回渡したから今回は少なく」と考えることはできません。
遺言書では、不動産を長女と孫へ相続させることを明確に指定することが重要です。まだ20代の孫1人に渡すには負担が大きいため、Tさんと親子で不動産を維持していくことが望ましいと言えます。
そして兄の遺留分を侵害しない形で、母親と兄に現金を残すようバランスを調整します。これにより、遺留分トラブルを避けつつ、Tさんと孫が不動産を承継する際の納税資金も確保できます。遺言書は、相続全体の設計図として家族全員が納得できる形に整えることが重要です。
不動産ビルの整理
対象となるRC造のビルは、1フロアが自宅で、その他のフロアが賃貸部分です。不動産承継を考えるうえで必要な書類は、固定資産税納税通知書、建築図面、建築確認書、父母の確定申告書などです。権利証は必須ではなく、登記簿で代替可能です。これらを確認することで、不動産の評価額を把握し、賃貸割合による評価減も考慮した承継設計が可能となります。
不動産承継においては、誰がどの部分を取得するか、納税資金はどう確保するかを具体的に決めることが重要です。養子縁組によって孫が正式な相続人となったことで、遺言書上でも長女や孫の承継を明確に位置づけることができ、家族全員にとって安心できる設計が可能になりました。
金融資産と孫への送金
孫への学費や生活費の送金は、原則非課税で行うことができます。ただし、口座に貯め込むだけではなく、実際に生活費や家賃に使われていることを契約書や引き落とし履歴で証明することが必要です。今後は、父親から孫へ直接送金する形が最も安全です。むしろ学費などを直接振り込む形が望ましいのですが、目的を明確にした送金を行うことで、後々のトラブルを防ぎ、孫の生活を支える確実な方法となります。
家族間の調整と納得感
兄には体調不安や金銭管理能力への懸念がありました。このような場合、まとめて一括で財産を渡すよりも、段階的に分配したり、管理型で承継したりするほうが現実的です。相続は「公平」にすることだけが目的ではなく、家族全員が納得できる形に設計することが重要です。この納得感が、将来の争いを未然に防ぐ最大のポイントになります。
面談で整理した手順
面談では、具体的に次の順序で進めることが決まりました。まず、養子縁組届を提出し戸籍を取得します。次に、固定資産税通知書や父母の確定申告書を確認し、金融資産の概算を把握します。その情報をもとに相続税試算を行い、遺言原案を作成して家族全員と共有します。この手順を着実に進めることで、初めて「安心」が見えてきます。
養子縁組の実行と意義
今回の面談で最初のポイントとなったのは、長女の息子を父親の養子にすることでした。相談に来られた段階で、長女ご本人も養子縁組の必要性を強く認識されており、幸い家から離れた大学に通っているため、普段は同居していません。そのため、学校が休みのタイミングで帰省し、養子縁組を実行することができました。
これにより、孫は法的に正式な相続人となり、遺言書においても孫の立場で財産を承継させることができるようになりました。
養子縁組前の法定相続人は母と長女、長男の3人でしたが、養子縁組後は孫が加わることで4人となり、相続設計の自由度が格段に上がりました。法定相続人が1人増えることで基礎控除が増え、相続税の圧縮が可能になります。
孫養子の相続税は2割増しではありますが、将来的に不動産を誰が承継するかを具体的に設計しやすくなり、家族全員が安心できる形を作ることができました。
手続き自体は市役所で届出をすれば可能ですが、重要なのはタイミングです。ご両親は高齢で、記憶力の低下も見られるため、「今すぐにする」ことが最大のリスク対策となります。養子縁組を実行することで、孫も遺言書に立場として記載でき、安心感が格段に増しました。
まとめ
Tさんの父親の対策は最初のテーマの養子縁組ができましたので、これから遺言書、つぎに不動産対策というステップです。いくつかの課題がありますので、1つずつ整理し、ご家族で共有、納得いただきながら、進めています。
今回の面談で痛感したのは、「まだ大丈夫」と思っている時点が、実は最も危険であるということです。ご両親は高齢で記憶力も低下し、必要書類も所在不明のものがあります。さらに家族間には認識のズレがあり、遺言書がなければ将来の争いは避けられません。
相続対策とは、単なる税金対策ではありません。人間関係の設計、財産の流れの設計、時間との戦い、すべてを含めた総合設計が必要です。今回のケースでは、養子縁組を実行したことで孫も正式に相続人として立場を持ち、遺言書にも反映できるようになりました。これにより家族全員が納得できる安心感が生まれ、相続設計の大きな一歩となりました。
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
