ミラノ・コルティナ五輪で中国戦第2エンド、ショットを放つ吉村紗也香選手

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 ミラノ・コルティナ五輪において2勝7敗と苦戦し、10チーム中8位に終わったカーリング女子日本代表「フォルティウス」に対してネット上で激しい批判が集まっている。【前後編の後編】

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4年で終わらない競技

 前編では、カーリングという競技の特殊性に照らしながら論じてきたが、まだまだ納得しがたい面もあろう。たとえば、「最強のスキップ(主将)が他チームの優秀な選手を指名して“選抜チーム”を作ればよいのでは」との案に対して、「トップ選手ほど部下扱いを嫌う」という反論があるが、「あなたを五輪に出してあげますよ」と誘われたら拒否する選手なんていないのではないだろうか。

ミラノ・コルティナ五輪で中国戦第2エンド、ショットを放つ吉村紗也香選手

 スポーツライターが言う。

「感覚としては“普通は拒否しないでしょ”ですけど、カーリング界では普通に拒否は起きています。なぜかというと、五輪の価値と“失うもの”の軽重が、他競技と違いすぎるからです」

 にわかに信じがたいが、なぜ五輪出場を拒否するのか。

「他国の代表チームで、それなりにお年を召したおじさんやおばさんがプレーしているのを見たことがあるでしょう。まず押さえておきたいのは、カーリングは“4年で終わらない競技”だということです。五輪に出るために、何年もかけて育てた自分のチームを解体し、スポンサー契約(場合によっては勤務先)を失い、練習拠点を変える……これ、失敗したら競技人生が終わってしまうリスクがあるわけです」

 サッカーや野球では、その選手がいなくなっても所属クラブは残る。代表はあくまで“上乗せ”の活動でしかない。だが、カーリングにおいては“代表”が本業そのものになってしまう。失敗は、競技人生全てを失うことに直結するのだ。

「それから、五輪に出ても“個人の価値”の向上は保証されていません。カーリングは個人スターが生まれにくいのです。たとえメダルを獲得できても、スキップじゃなければ名前は全国に轟かないでしょう。だからトップ選手ほど、“勝てないチームで五輪に出るくらいなら、今のチームで世界を狙う”という判断が合理的になります」

 海外では実際に“自分がスキップでないなら出ない”“自分のチームを壊すから拒否”“五輪後に居場所がなくなる”という理由で、五輪代表を辞退したトップ選手が少なくないという。

「五輪っていうのは、普通は“出れば得しかない”わけですが、カーリングでは“出る=キャリアを賭けるギャンブル、しかも成功率は数分の一”のハイリスク投資なんです」

情報処理がスキップ一人では足りない

 カーリングでは「個人ではなくチーム完成度が重要である」などの理由で、選抜チーム方式でなく、チーム単位で代表権を争うのが一般的である。

 これに対し、「主将であるスキップの重要性が非常に高いのだから、まずその国で一番優秀なスキップを選び、そのスキップが残りのメンバーを決めれば良い」と思う方もいるかもしれない。

 他の種目に目を向けると、野球などでは「プレイングマネジャー」というのがいる。スキップを「プレイングマネジャー」と定義すれば、上下関係が明確になってうまくいくのではないか。

「その発想も理論的には筋が通っていますけど、“スキップ=プレイングマネジャー”化は、カーリングではほぼ機能しない構造なんです。ポイントは“上下関係ができるか”ではなく、上下関係を作った瞬間に競技力が落ちるという逆転現象です」

 野球のプレイングマネジャーの場合、先発オーダーや交代、作戦指示などの最終決定はすべて一人で行う。

「一方、カーリングでは、交代は不可、ベンチからの指示はなし、4人全員が戦況を把握していないと詰みます。何よりも、情報処理がスキップ一人では足りなくなる。野球は権限が集中しても競技は回るのですが、カーリングは権限が集中すると情報量不足で負けてしまうのです」

唯一の合議制スポーツ

 素人目にはスキップ以外の3人の働きは小さなものに見えるかもしれない。だが、彼らはストーンを投げたりブラシで擦ったりすることで氷の状況をスキップに先駆けて知ることになる。もちろんその情報はスキップを含めたチーム全体で共有する。そしてチームの意思決定に際しても、3人はそれぞれの役割を担っている。

「世界の強豪チームでは、フロントエンド(リード、セカンド)が戦術を提案し、サードがそれに意見を出し、スキップがそれらを採用したり却下したりして最終判断している。つまり、スキップは独裁者ではなく“議長”なのです」

 これを上下関係がはっきりした“トップダウン型”にするとどうなるか。

「他の3人が受動的になり、チームとして氷読みの精度が落ちる。判断がワンテンポ遅くなり、ミスの発見が遅れる。意見が減り、情報が減り、視点が減り、そして負ける。カーリングというのは“トップダウン型”だと弱くなる競技で、事実、上下関係が明確な強豪はほとんど存在しない。カーリングは、組織論的に民主制の方が強い唯一の“合議制スポーツ”といっても過言ではないでしょう」

 2030年フランス・アルプス冬季五輪の日本代表選考方法は、日本カーリング協会が昨年10月時点で既に発表している。直近2シーズンだった選考期間が4シーズンと長くなったが、やはり“選抜チーム方式”は採用されなかった。

 前編では、カーリングという競技の特殊性に照らしながら、「選抜チーム方式」を採用していない理由について解説している。

デイリー新潮編集部