「食も細くなるし、付き合いも減るし、老後は大してお金がかからない」はずが…退職金2,000万円・年金月27万円の70歳元部長、想定外の老後破綻で漏らした「私は算数すらできない」エリートの悲哀
「退職金と年金があれば、なんとかなるだろう」そう高を括っていた現役時代の自信が、老後になって崩れ去る――。そんな「老後破綻」予備軍が、実は大企業勤めのエリート層に増えています。本記事では石井さん(仮名)の事例から、FP dream代表FPの藤原洋子氏がさまざまなライフイベントと同時に資産をつくる方法について解説します。※個人の特定を避けるため、内容の一部を変更しています。
「定年まで勤め上げたから安泰」その自信が崩れた瞬間
関西圏の国立大学を優秀な成績で卒業し、大手メーカーに就職した石井さん(仮名/現在70歳)。38年勤め上げ、60歳で定年を迎えました。現役時代は長年、部長として部下をまとめ、ピーク時の年収は1,200万円超。退職金も2,000万円を手にしました。
「ここまで働いたのだから、老後はさすがに安泰だろう」石井さんはそう信じて疑いませんでした。しかし、その自信は思いのほかもろいものだったのです。
「まさか70歳になって、生活のために警備員の制服を着ることになるとは……」
深夜のオフィスビル。かつての自分のようなスーツ姿の現役世代を見送りながら、石井さんは力なく笑います。同僚には、かつての石井さんのように、スーツを着て部下に指示を出していた70代男性たちもいます。彼が陥った「老後の誤算」とはなんだったのでしょうか。
「生活レベル」は急には落とせない
定年後、石井さんを待っていたのは想定外の連続でした。再雇用で働き続けましたが、年収は大幅にダウン。65歳で完全に退職し、受け取り始めた年金は夫婦合算で月27万円ほど。住宅ローンは完済していましたが、固定資産税、管理費、車の維持費、健康保険料……。支出は思ったほど減りません。
「老後は生活水準を落とせばいい」頭では理解していました。そもそも「年をとれば、食も細くなるし、付き合いも減るし、老後は大してお金がかからないだろう」と考えていたのです。しかし、30年以上築いてきた生活レベルを急に変えることは、想像以上に難しいことです。外食の回数は減らせても、住居費や保険料は簡単には削れません。気づけば、1,000万円あった貯蓄は毎年取り崩すことに。二人の娘たちへの結婚援助資金と自宅のリフォーム費用には退職金の一部を充てました。もはや退職金は、“安心の塊”ではなく、“減り続ける残高”へと姿を変えていたのです。
さらに追い打ちをかけたのが、想定していなかった、67歳の妻の介護費用です。脳血管疾患の後遺症のため、昨年からグループホームへ入居することになりました。月々の施設利用料は年金だけでは賄いきれず、貯蓄の減少スピードは加速しました。
老後に思い知る“準備しなかった代償”
「現役時代、もっと貯金しておけばよかったとか、そんな後悔すら贅沢に感じます。いまはただ、明日の食費のために体を動かすだけです」
伏し目がちにつぶやく石井さんの現在の月収は、警備の仕事で得る約12万円。年金と合わせても、妻の施設費用と自身の生活費、娘たちへの小遣いを払えば手元にはほとんど残りません。立ちっぱなしの仕事は、70歳の体に想像以上にこたえます。「働けるだけありがたい」と自分に言い聞かせながらも、心の奥には複雑な感情が渦巻きます。本来なら、悠々自適の老後を送っているはずでした。ところが現実は、生活費を補填するための労働なのです。
石井さんが語る「準備しなかった代償」とは、単に金銭的な困窮だけではありません。「選択肢がなくなること」の恐怖です。 体力が衰え、膝や腰を痛めていても、働かなければ食べていけない。これが、準備を怠った人が直面する「残酷な終着駅」の一つなのです。
長寿化が進むいま、90歳を超えて生きることは珍しくありません。医療費、介護費、住宅修繕費など、想定外の支出は必ず発生するでしょう。さらにインフレが進むなか、預貯金中心だった石井さんの資産価値は、実質的に目減りし続けています。
「老後破綻は、浪費家だけの話だと思っていました。堅実に働いてきた私は大丈夫!と錯覚していたようです。私は算数で必要な老後資金を計算することすらできない人間だったんですね……」
老後の労働は“生きがい”であれば幸福ですが、“生活のため”に選ばざるを得ない労働は、重みが異なります。
老後資金は「足し算」ではなく「引き算」
石井さんが陥った誤算は、「足し算」で老後を考えてしまったことです。
退職金:2,000万円
年金:月27万円
貯蓄:1,000万円
合計すれば十分にみえます。ですが、老後資金は足し算ではなく「引き算」と「時間」で決まります。月40万円の生活費が必要なら、毎月13万円の赤字。年間156万円、10年で1,560万円、20年で3,120万円。足りない分は、労働で賄うしかありません。老後に必要と考えられる資金の項目を「あれもこれも」と洗い出したのちに、「あれかこれか」を決断しましょう。
同じ結末を迎えないために、いまからできる3つの備え
では、私たちはいまからなにをすべきでしょうか。70歳になってから警備の仕事で生活費を補う人生を否定するわけではありません。でも、それが“選択”なのか“やむを得ない現実”なのかで意味は大きく異なります。残酷な未来を回避するための「3つの備え」を提案します。老後の安心は、肩書きではなく設計力で決まるのです。
1. 家計のダウンサイジングを意識
定年退職してから生活を小さくするのは至難の業です。固定費(サブスク、過剰な保険、通信費など)の見直しで、30代・40代代のうちから想定した予算で暮らす訓練を始めましょう。支出構造を軽くすることは、将来の自由度を高める行為でもあります。
2. 「長く働くためのスキル」と「健康」の維持
いまの時代、老後資金を貯金だけで賄うのは不可能です。最大の防衛策は「細く長く稼ぎ続けること」。会社の名刺がなくても稼げる小さなスキル(副業、技能、地域貢献など)を育てましょう。「月5万円」でも稼ぎ続けることができれば、年金不足分を補う強力な武器になります。そのためには、なによりも「動ける体」を維持する健康投資が最優先事項です。
3. 資産の「見える化」と「最悪のシナリオ」の想定
「なんとかなる」という思考停止を捨て、現実を直視しましょう。
〇キャッシュフロー表の作成:90歳まで生きた場合、いつ資金が底をつくか可視化する。
〇インフレ・増税リスクの織り込み:物価が上がり続け、年金額が実質的に目減りすることを前提に計画を立てる。つみたてNISAやiDeCoなど、税制優遇制度を活用し、長期・分散・積立で資産を育てる設計に。
〇孤独死・介護リスクへの対策:金銭面だけでなく、周囲とのつながりを持ち、いざというときのセーフティネットを確認しておく。
「自分は大丈夫」という呪文は、現実の前では無力です。いますぐ現実を直視し、少しずつでも「守り」を固めること。それが、数十年後の自分を救う唯一の道となります。
藤原 洋子
FP dream
代表FP
