新しい「時」の循環を祝う──正月の季語深掘り【NHK俳句】

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【季語深掘】「正月」 千歳の祝いと蘇(よみがえ)り

季節の言葉により親しみ、楽しんでいただけるよう、季語の由来や歴史、そしてそれにまつわる写真や名句をご紹介するNHK俳句「季語深掘」シリーズ。1月は「正月」を取り上げます。
新しい年の始まりに、門松としめ飾りが表すものと、それらが描かれた名句を見ていきましょう。

年初のためし

 「年のはじめのためしとて……」で始まる千家尊福(せんげたかとみ)作詞・上真行(うえさねみち)作曲の「一月一日」、「もういくつ寝るとお正月……」で始まる東くめ作詞・滝廉太郎作曲の「お正月」は、どちらも明治時代の唱歌だが、ともに新年を待ち、言祝(ことほ)ぐ歌としてなじみ深い。「正月」という時に慶びの気持ちが湧くのは、新しい一年という「時(とき)」の循環の始まりが、希望を与えてくれるからである。

 私たちがもつ「時」の観念には、「光陰矢の如し」の諺(ことわざ)のように、矢のように前へ進むだけで二度と戻らないという直線的な時間という考え方と、「明日があるさ」「日はまた昇る」という循環的な時間という考え方がある。前者は老いを実感させる「無常の時」だが、後者はリセットし繰り返せる「希望の時」といえる。人はこの「二つの時」を生き、人を取り巻く動植物もこの「時」のなかにいる。花鳥風月、草木虫魚などを季語とする俳句は、こうした「時」の文芸の典型である。正月も二つの「時」のなかにあるが、正月には門松や注連(しめ)飾り、若水(わかみず)、お節(せち)、雑煮、お年玉など、新しい「時」の循環を表し、気持ちを新たにしてくれる恒例の「年の初めの例(ためし)」がいくつもある。

門松は千歳の祝い

 青々とした常磐木(ときわぎ)の松は、春の息吹きを感じさせ、すがすがしい気持ちにさせてくれる。門松は、江戸時代には枝ぶりが三段の三階の松、または五段の五階の松と大きな竹を束ねて門前に立て、その根元に薪の割り口を表にして並べ飾ったものとして描かれている。松樹の門松は、文献上では平安時代末から確認でき、長治(ちょうじ)二(1105)年頃に成立した「堀河院御時百首和歌」には、〈門松をいとなみたつるそのほどに春あけがたに夜やなりぬらん〉(門松が立ち並ぶ街の様子から新春を迎える夜になった)と、新年を待ち望む気持ちが詠われている。久安(きゅうあん)六(1150)年の崇徳院(すとくいん)の「久安六年御百首」にも〈山がつのそともの松もたててけり千とせといはふ春のむかへに〉とあって、松は新春の千歳(ちとせ)の祝いで、この松は「山がつのそともの松」と、都の外にある山の松が持ち運ばれたことをうかがわせている。外の世界から千歳の松がもたらされることは、新年祝いの芸能である「松囃子(まつはやし)」によくあらわれていて、「松囃子」は正月の季語となっている。

 正月の門松のしきたりは、平安時代以後に各地に広がるが、現在見られる門松の形は全国一様ではない。松と竹を合わせて立てる場合が多いほか、若木を杭にして松を結び立てたり、松ではなくシキミを立てたりする所もある。また、この門松に元日から供物をするところも各地にある。門松を倒すのは七日の「松の内」の前で、この時には門松を立てた穴に松枝の先端を折って挿し、これを「鳥総松(とぶさまつ)」と呼んだ。

一塵(いちじん)もとどめず対(つい)の松飾り

塵(ちり)一つ残さず清められている一対の松飾り。周囲の空気までもが清浄であるように感じられます。「一塵もとどめず」がこの句の眼目。正月の厳粛なようすを見事に描いた一句です。

鷹羽狩行(たかはしゅぎょう)『十友』

注連は「標」

 注連飾りは神を祭る、清らかな場であることを示す標識で、シメは「標」という意味をもつ。シメの内側が神を祭る場で、これで外とを区分する結界を表している。門松の注連は、ここに神が宿ると考えているからで、このことは門松に元日から松の内まで供え物をすることからうかがえる。この神が歳神様と呼ばれる神で、たとえば長野県阿南町新野などには、門松とは別に、現在も家の座敷に、その年の縁起の良い方角である恵方に向けて歳神棚を吊って歳神を祭り、大晦日にはこれに供え餅(鏡餅)と干し柿、ミカンなどを供える家がある。

 玄関の注連飾りは、その家全体が歳神を祭る場であることの表示なので、逆に、家や近い親戚に不幸があった場合には、新年の注連飾りをせず、喪に服していることを示す。こうした注連は、今も年末に自作したり、年の市や近隣の商店で買い求めたりし、「一夜(いちや)飾り」はよくないとして、大晦日以前に設えることが多い。玄関先の注連には、縁起物の品々を取り付けた輪飾りが一般化しているが、これは一本の注連縄が、幸運を求める飾り物らしく変化したものである。

 また、玄関の注連飾りは、これに災厄除けの守りを付けて一年間外さない地方もあるし、古くからのしきたりを続ける家では、台所の火処では火の神様、水を得る場では水神様を祭るということで、ここにも注連飾りをしている。さらに、先祖をまつる墓にも注連を進ぜ、これを正月の先祖祭りとしている所もある。

まだ誰も来ぬ玄関の注連飾

玄関に飾った真新しい注連飾り。お客さまを迎える準備は整っているのに、まだ誰も訪れません。静けさの中にも、やがて人が訪れ、賑やかなお正月となる期待感があります。

神尾季羊(かみおきよう)『季語別 神尾季羊全句集』

『NHK俳句』テキストでは、元旦に汲む「若水」の意味や先人たちの作法、描かれた名句についても紹介していきます。

講師

執筆 小川直之(おがわ・なおゆき)
1953年、神奈川県生まれ。民俗学者。博士(民俗学)、國學院大學名誉教授・柳田國男記念伊那民俗学研究所長。著書に『日本の歳時伝承』(角川ソフィア文庫)、『折口信夫─「生活の古典」への誘い』ほか。

選句・解説 浦川聡子(うらかわ・さとこ)
1958年、山形県生まれ。現代俳句協会・日本文藝家協会会員。放送大学講師。「晨」同人。最新句集に『眠れる木』、著書に『別冊NHK俳句 もっと知りたい 美しい季節のことば』『教科書にでてくる! 俳句かるた』等。

※記事公開時点の情報です。

◆『NHK俳句』2026年1月号「季語深掘 「正月」千歳の祝いと蘇り」より
◆トップ写真:shironagasukujira/イメージマート