ロボット掃除機「ルンバ」を生んだ、米アイロボットが破産を申請し、中国企業の傘下に入ることになった。経済評論家の鈴木貴博さんは「政治の失策という側面がある。アメリカが失ったのは“ただの一企業”ではなく、国民の生活を根本から変えたかもしれない未来だ」という――。
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■「買われるしかなかった」のか

ロボット掃除機「ルンバ」を手がけるアメリカのアイロボット社が経営破綻に追い込まれました。

競合する中国製品の台頭でシェアを奪われ、業績不振が長引いたうえに身売り先が見つからず、アメリカの連邦破産法申請後はルンバの製造を委託していた中国企業の傘下に入ることになりそうです。

アイロボットの株式を取得するのは中国・深圳の杉川集団(ピセアグループ)とみられます。ピセアはアイロボットに対して多額の売掛金があり、事業を継続することでその債権を回収する計画です。

結果としてルンバの販売・アフターサービスはこれまで通り行われる一方で、上場企業だったアイロボットのこれまでの株主が損失を被り、アメリカ企業だったアイロボットは中国企業として存続することになるわけです。

この記事では「なぜそのような結果になったのか」を振り返るとともに、アイロボット社ないしはアメリカ経済にとってもっといい未来がなかったのかどうかを検証してみたいと思います。

■もともと「自動地雷探知機」の転用だった

アイロボットが発売したロボット掃除機「ルンバ」が画期的だったのは、まだ生成AIなど出現していなかった2002年に、当時のAIの能力で自宅をくまなく自動で掃除してくれるその性能でした。

そのエンジンとなったのが軍が開発した自動地雷探知機でした。

広い平地をくまなく自動で探知するために開発された軍事技術を転用することで、初期のルンバは100%ではありませんでしたがほぼほぼ九十数パーセント、家の中の床をすみずみまで掃除してくれたのです。

ルンバについては個人的な思い出があります。

私の会社がマンションの一室を借りて創業したのが2003年で、起業初期の経費削減のアイデアのひとつとしてアメリカのコストコで購入したルンバを持ち込んでオフィスの掃除を担当してもらったのです。

当時はまだ「ルンバに掃除をさせやすい間取り」という意味のルンバブルという言葉すらなかった時代でしたが、ソファやコーヒーテーブルを設置する際も、パソコンの配線をする際も、ルンバが止まったりコードを巻き込んだりしないように工夫してオフィス家具を配置しました。

そうして毎日、最後に退社する人がルンバのスイッチを押すようにしたのです。確か初期のルンバにはまだタイマー機能はありませんでした。おかげで毎朝事務所はきれいになっていたのですが、それを実感するのがたまにルンバのごみを捨てるときです。いつのまにかほこりがめいっぱいたまっているのです。

今でも個人事務所の書斎にルンバが一台置かれていて、これも朝わたしが書斎に入るまえに掃除されるようにプログラミングされています。とにかく満足のいく商品だというのが20年以上ルンバを使ってきた私の感想です。

それほど優秀なルンバを販売するアイロボット社がなぜ破綻に追い込まれたのでしょうか?

■日本企業の“盲点”

ひとことで言うと「コストの安い競合製品の品質がルンバと同じくらい優秀になったから」ということですが、その経緯がやや現代風だと感じる部分があります。

これまでの歴史を振り返ると、アメリカやヨーロッパで画期的な家電製品が発売されると、後追いで競合製品を出すのはまずは日本の家電メーカーでした。2002年というとまだソニーショックが起きる前で、シャープも液晶テレビ市場でトップを走っていた当時、日本の家電メーカーが強かった時代です。

ところがルンバだけは同じような性能を出せる後追い商品が出せませんでした。

理由は先述の地雷探知エンジンです。

ソフトウエアとしての出来が高すぎて、日本の普通の家電メーカーがキャッチアップするのが難しかったのです。

軍事技術の転用というのは日本企業にとってはひとつの盲点です。

もちろん三菱重工や川崎重工のように日本でも防衛産業として知られる企業はたくさんあるのですが、これまで長い間技術は民間から自衛隊側に提供され秘匿される流れが一般的で、その用途は専門的で、価格は高いものです。

■「電子レンジ」「GPS」と同じ

たとえば私たちが普段使っているケーブルを例にとります。

スマホのタイプCやテレビのHDMIみたいな民生用のケーブルは百均でも売っているぐらい安いものです。それと比べて商用のケーブルは技術もコストも10倍くらい高くなります。商用というとたとえばデータセンターの中で使われるような高速で信頼度の高いケーブルをイメージしてください。

そんなケーブルですが、軍事用となるとさらに価格もコストも性能も10倍高くなります。頑丈なだけではありません。展開される場所が寒い雪原だったり、湿度が高い沼地だったり、砂塵が多い荒れ地だったりしても現地で組み立てられ動作する必要があります。

そのため埃をはじく構造にしたり、極低温でも動作する素材にしたり、場合によっては形状記憶合金をつかって自然にコネクタが圧着されるような特殊技術が導入されるケースもあります。

こうして日本では技術は企業から防衛省側に一方通行で流れるのが基本であり、その用途は特殊であるというのが通常です。

一方でアメリカを例にとると、軍が開発した技術がしばしば民生用に転用され、あらたな市場が爆発的に広がることがあります。有名な例は電子レンジや、カーナビに使われるようになったGPSです。

ルンバもそれと同じでした。

■こうして“中国製”に置き換えられた

電子レンジのときは基本原理がシンプルですから日本の家電メーカーも後追いで製品開発をしやすかったのですが、ルンバの場合は人工知能ですからそうはいきません。

パナソニックにしても日立も東芝もサンヨーもそのような軍事技術に追いつく後追い製品の開発は容易ではなかった様子です。

結局、ルンバの発売後、類似製品は家電量販店の店頭に並んではいたのですが、本家のルンバが圧倒的なシェアを維持することができたのです。

そして2010年代です。

日本の家電メーカーがつぎつぎと凋落し、時代はアジアに移り、ロボット掃除機の分野では中国メーカーが台頭します。人民解放軍の技術が高度だったのか、それともその時代にはAI開発が進歩していたのかわかりませんが、中国製の性能は十分に高いと市場で評価されます。

さらに競合商品でも「濡れ雑巾で吹き掃除をするような機能」や、「ちょっとした段差なら乗り越える機能」「AIカメラで室内の障害物を把握して回避する機能」などの便利さで、本家を上回る製品も出てきます。

これは1990年代に日本製がアメリカ製を駆逐したときと同じ経済原理で、結局のところあとから出たコストが安く性能がいいメイドインチャイナがルンバのシェアを奪う事態に発展したのです。

では連邦破産法を申請した後、これからのルンバはどうなるのでしょうか?

■「1位に返り咲く」と言える理由

未来予測が得意な経済評論家として予言させていただくと、日本のテレビ業界での東芝のような状況が生まれるでしょう。

今、日本のテレビ販売でのシェアトップはソニーのブラビアでもパナソニックのビエラでもなくレグザ、つまり旧東芝です。2位はシャープで、3位と4位に中国のハイセンスとTCLがランクインします。5位がソニーです。

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このランキングをみるとなかなか日本もやるなと思うかもしれません。しかし東芝はテレビ事業については中国のハイセンスに売却しています。シャープも台湾の鴻海の子会社です。ですから日本でのテレビのシェアは1位から順に中国、台湾、中国、中国、日本の順になっているのです。

一方で消費者はブランドと価格を見て判断します。

ですから日本市場ではハイセンスやTCLよりもレグザやシャープが有利になるわけです。そして今後のロボット掃除機市場もこれと同じ構造になることが予測できます。

つまり中国企業の傘下に入ったルンバが、コストでは中国と同じレベルに競争力が高まり、ブランド力ではそれ以上の存在になります。結果としてアメリカでも日本でもロボット掃除機市場ではルンバが1位という未来がやってくることが予想できるのです。

さて、ここからはもうひとつの問いを検証します。

ルンバにはもっと良い未来がなかったのでしょうか?

■米国が犯した“2つの失敗”

ここでアメリカ政府のふたつの失敗が指摘されています。

実は中国勢との競争が厳しくなった2022年にアイロボットの買収を表明したアメリカ企業がありました。

アマゾンです。

ところがアマゾンの買収はEUとアメリカ、両政府が反対に回ります。

EUの主張はアマゾンがアイロボットを買収することでアマゾンドットコムでルンバが優先的に表示販売され、そのことで欧州の掃除機メーカーが不利益を被るというものでした。EUはアマゾンの買収を認めない方針を打ち出します。

写真=iStock.com/FinkAvenue
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アメリカの連邦取引委員会の判断はもう少しあいまいで、買収はアマゾンの市場支配力をさらに強め、競争を阻害する懸念があるということで詳しい調査を開始すると表明します。これは判断を長期化させることでアマゾンに買収を断念させようという政府方針です。

結局、そこまで頑張ってまで手に入れたい会社でもないということで、アマゾンによるアイロボットの買収はなくなります。

そしてその後、もうひとつのアメリカ政府の決定がアイロボット社を追い込みます。

トランプ関税の発動です。

製造を中国に頼るルンバはトランプ関税でコストが上昇します。結果的に直近の四半期の収益は前年比で半分に落ち込み、破綻に追い込まれました。

■“スマートロボット掃除機”という活路

では時計の針を戻して、もし2022年にEU・アメリカ両政府がこの買収を認めていた場合にはどんな未来が到来していたでしょう?

実はアマゾンにとってはルンバのような家電は掃除機以上の価値があります。

アマゾンにしてもグーグルにしてもアメリカのAI大手は家庭内のコントロールタワーとなるデバイスを欲しいと考えています。

その端緒となったのが一時期流行しかけたスマートスピーカーでした。

アマゾンが発売したエコーでは、

「アレクサ、今日の天気を教えて?」

と尋ねることで外出する前の支度が便利になるとか、

「今日の夜は丸の内に行くから、おすすめのレストランがあったら教えてくれない?」

と頼むと気の利いたお店を教えてくれるような使い方が期待されていました。

今の生成AIブームにこれが導入されていたらちょっと違っていたかもしれませんが、当時のAIの性能はたいしたことがなかったせいで、スマートスピーカーが家庭内に定着することはありませんでした。

しかしAI大手から見れば、何らかの形でスマホとは別のAIデバイスを家庭内に普及させて、一気に家庭内の需要を支配したいという野望はあいかわらず強いのです。

そこでルンバです。

仮にルンバがただの掃除機ではなくスマートロボット掃除機になったとしたらどうでしょう。

ただ掃除をするだけでなく、たとえば帰宅前にエアコンのスイッチをいれて部屋を暖めたり涼しくしたりもできるでしょう。ルンバですから見回りもできます。ホームセキュリティの代わりに侵入者を検知して動画をとったり緊急連絡もできるでしょう。遠く離れたひとりぐらしの家族の安否もルンバに任せることができるかもしれません。

■中国企業の買収で消えた未来

「でもあんなうるさい機械に家の中をうろうろされたら困るよ」
とか、
「うちは床の上は物だらけでルンバはとてもじゃないけど移動できないよ」

と思う方もいるかもしれません。でも大丈夫です。ルンバから掃除機能を取り除けばもっと小さな家庭内コントロールロボットに生まれ変わります。

未来のアメリカの家庭ではそうやって家の中をうろついているルンバにウーバーイーツの注文を頼んだり、キッチンでご飯ができたらルンバに子供部屋の子どもを呼びにいかせたり、ルンバをスピーカー代わりに気の利いた音楽をかけさせたりと、なんでも便利にAIエージェントの仕事を頼むことができます。うっかり居眠りしているとスケジューラーと連動しているルンバが起こしに来てくれたりもするでしょう。

そうなればアメリカ市民も生活は便利ですし、アマゾンはルンバというデバイスを武器に、スマホとは違った切り口でサービスを広げられたことでしょう。

アメリカのメディアではルンバが中国企業に買われたことと、アマゾンに売らなかったことについて、政治の失策だという論調が目立ちます。確かに中国企業になったルンバに、アメリカの家庭内の情報は一切与えたくないと考えるアメリカ人は少なくないでしょう。

このように今回の事件は、西側世界が得られたかもしれない未来のオプションがひとつ消えたことを意味するニュースなのかもしれませんね。

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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経済評論家
経済評論家。未来予測を得意とする。経済クイズ本『戦略思考トレーニング』の著者としても有名。元地下クイズ王としての幅広い経済知識から、広く深い洞察力で企業や経済を分析する独自のスタイルが特徴。テレビ出演などメディア経験も多数。
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(経済評論家 鈴木 貴博)