(※写真はイメージです/PIXTA)

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定年退職は、新たな人生の門出として祝われることが多い一方で、「熟年離婚」という現実と隣り合わせでもあります。特に長年専業主婦として家を支えてきた妻と、外で働いてきた夫との間に“価値観のズレ”があると、定年をきっかけに関係が崩れるケースも少なくありません。見た目は円満な夫婦生活でも、妻の内面には長年の積み重ねが静かに蓄積していた――そんな例は、決して珍しくないのです。

「今までありがとう」…夫が選んだのは“ネックレス”

神奈川県に住む65歳の男性・田辺和也さん(仮名)。38年間勤めた都内のメーカーを無事に定年退職し、その足で立ち寄った百貨店で選んだのは、40万円ほどのネックレスでした。

「妻は専業主婦で、ずっと家庭を支えてくれていました。何か形に残るものを贈りたくて」

退職金は約2,000万円。企業年金を含めた年間の年金受給見込み額は310万円。ローンもなく、老後は夫婦で穏やかに暮らしていくつもりだったといいます。

ところが、その夜。

「お疲れさま。そして、長い間ありがとう」

そう言ってネックレスを差し出した和也さんに対し、妻・文子さん(63歳・仮名)は静かにこう返しました。

「ありがとう。でも、受け取れません。もう、別々の道を歩みたいと思っています」

あまりに突然のひと言に、和也さんは何が起きているのか理解できなかったといいます。

「もう役割は終わったと思ったんです」

後日、文子さんは淡々と語りました。

「和也さんは“今までありがとう”って言ってくれたけど、私にとっては“ようやく終わった”という気持ちでした。子どもが小さい頃は手もかかるし、家計もギリギリ。何度も働きに出たいと言ったけど、“家のことだけ考えてくれ”って。そのうち話すこともなくなって、夫婦というより“共同生活者”みたいになっていました」

きっかけは、定年後に夫が「これからは一緒に旅行したいね」「昼ご飯も毎日一緒に食べよう」と言い出したことだったといいます。

「私はやっと自由になれると思っていたのに、これからもずっと一緒に?って、正直ゾッとしたんです」

年間約3万9,000件…増える「定年後の熟年離婚

厚生労働省の『人口動態統計(2022年)』によると、同居20年以上の離婚は約3万9,000件で、離婚全体の23.5%。過去最高の割合となっています。その背景には「経済的な自立のめどが立った」「子育てが終わった」「夫が家にいる時間が増えたことによるストレス」などが挙げられます。

文子さんは、弁護士を通じて協議離婚を申し出ました。夫婦共有の預貯金や退職金のうち、婚姻期間中に蓄えられた部分については財産分与の対象となります。

また、夫が厚生年金に加入していた場合、離婚時に「年金分割制度」を利用することで、婚姻期間中の厚生年金に基づく報酬額の最大50%までを妻が分割して受け取れる可能性があります。特に専業主婦など国民年金の第3号被保険者だった場合は、「3号分割」により一律で2分の1の分割が可能です(いずれも国民年金部分は対象外)。

老後の生活が不安じゃないといえば嘘になるけど、それでも、“これ以上夫に気を遣って生きたくない”という気持ちの方が強かったです」

一方の和也さんは、いまだに「何が決定的な原因だったのか、わからない」と話します。

「家を守ってくれて感謝していたし、粗末にしたつもりもない。ただ、気づかないうちに、彼女の中で何かが壊れていたんでしょうね」

定年退職は“再出発”として捉えられがちですが、それは夫婦双方にとって前向きなものであるとは限りません。長年のすれ違いや我慢が、ようやく区切りを迎える“終着点”になることもあるのです。