関連画像

写真拡大

自衛隊員の女性が2022年6月、YouTubeにアップされた動画で、部隊内でセクハラを受けていたことを告白したことが波紋を呼んでいる。

彼女の名は、五ノ井里奈さん(22)。ワケアリの有名人や壮絶な人生を歩んできたアウトローなど様々な人たちに街角で話を聞く動画チャンネル「街録ch」に、五ノ井さんは素顔で登場。彼女が赤裸々にセクハラ被害を話す動画は、8月末時点で150万回以上視聴されている。

五ノ井さんは、陸上自衛隊に所属していた2021年夏ごろ、複数の上官から集団でセクハラ被害を受けたという。

ところが、被害を訴えても取り合ってもらえず、自衛隊内の捜査機関に被害届を出したものの、結果として不起訴とされた。現在は、検察審査会に不服申し立てを行い、結果を待っている状態だという。

7月には第三者委員会に公正な調査を求めるためのオンライン署名を開始。わずか1週間で6万人(9月5日現在、署名は約10万8000筆)の署名が集まった。

また、8月には立憲民主党が五ノ井さんからヒアリングを行い、防衛省人事教育局服務管理官等と非公開の意見交換を実施。さらに8月31日には防衛省に対し、第三者委員会による調査を求める要望書を提出するなど、事は大きく動き出している。

「新しく入隊してくる子たちを守れるようにと思って声を上げた」という五ノ井さんに話を聞いた。(ライター・小泉カツミ)

●部隊内はセクハラの温床だった

五ノ井さんが陸上自衛隊に入隊したのは2020年4月。彼女は、中学・高校と柔道で全国大会ベスト16の成績を残し、山口県にある大学に進学したものの、小学生から憧れていた自衛官への夢が捨てきれず大学を中退。自衛隊体育学校の柔道部に入りオリンピックを目指すという大志を抱き、自衛隊に入隊したのだ。

教育期間は順調にこなし、その後、東北地方の中隊に配属された。しかし、そこはセクハラとパワハラの温床地帯だったのだ。

五ノ井さんが配属された中隊は、隊員58名の中で女性は5人、1人は育休中だったので、実質女性が4人だけという環境だった。

勤務中に男性隊員が「柔道しようぜ」と言いながら、五ノ井さんに技をかけてきて、腰をつかまれて“バック”のような体制にされて腰を振ってきたり、急に抱きつかれたりするようになる。

そして、2021年6月下旬に実施された山での訓練の最中、テント内で夕食や酒のつまみを作る役目を任されていた五ノ井さんは、ぎゅうぎゅう詰めの男性隊員の中に入れられ、胸を揉まれ、キスをされ、男性隊員の陰部を下着越しに触らせられた。

この時、五ノ井さんは先輩の女性隊員にLINEで助けを求めたが、前日に同じようなセクハラを受けていた先輩は、恐れをなしたためか助けに来なかった。

この日のセクハラ事件は、中隊でも問題となり、事件を目撃していた誰かが中隊長に報告。しかし、すぐさま「中隊長に告げ口したのは誰か」と、犯人探しが始まり、被害者である五ノ井さんが真っ先に疑われた。

五ノ井さんは、加害者から「セクハラじゃなくて、コミュニケーションの一部だもんな」と声をかけられた。曹長から事情聴取された五ノ井さんは「何もありません。大丈夫です」と報告したのだった。

●限界を感じた性被害

その事件から約1カ月が経過した2021年8月、地方で約1カ月間の訓練があった際のことだった。

夜は食事をしながら宴会になるのが常だった。まだ下っ端の五ノ井さんは、食事の準備をしていたところ、「食事はいいから接待して」と十数人の宴会の輪の中に座らされた。

「一曹のAさんが格闘技の『首をキメて倒す』という話を急に二曹のBさんと始めて、その時部屋にやって来た三曹のCさんに『五ノ井にやってみろ』と言い出したんです。

Cさんは、私の首に両手を当てて、そのままベッドに押し倒すような技をかけて来ました。そこからCさんは暴走し、私の脚を無理やりこじ開け、馬乗りになって下半身を密着させて腰を振り、ひとりで喘ぎ出したんですね。

それを見ている周りの男性隊員たちは笑っていました。特にAさんとBさんはこっちを見ながら笑っていました」

続いて男性隊員のDも同じように五ノ井さんを押し倒し、Cと同様の動きをして見せた。さらに、3人目の男性隊員Eも同様に彼女の両手首を押さえつけながら、何度も腰を振ってきたのだった。

いったんその場は収まったのだが、しばらくすると、またAが「さっきの首キメるやつ、どうやるんだっけ」と笑いながら蒸し返し、調子に乗ったCがまたしても同じ行為を繰り返した。

その後、Cは五ノ井さんの引きつった顔を見て「これ誰にも言わないでね」と口止めしてきた。

度重なる性被害に限界を感じた五ノ井さんは、先輩女性隊員と男性中隊長に相談した。先輩女性隊員は、最初こそ味方になってくれたのだが、中隊長が「訓練は訓練だから」と言うと、「そうだよ」と態度を変えた。

もはやこれ以上は耐えられないと思った五ノ井さんは、訓練から抜けることを決意。セクハラが理由だと、また告げ口したと思われかねないことから、苦肉の策として、母親が倒れたことにして実家に帰った。

この性被害の後、五ノ井さんは適応障害と診断され、自衛隊を休職することになった。

●待っていたのは「不起訴処分」

事件後、五ノ井さんはまず、自衛隊の総務・人事課にあたる「一課」に報告した。

しかし、一課からは「8月のセクハラの件を見たと言う証言が得られなかった」と回答された。その後、五ノ井さんは、自衛隊内の犯罪捜査に携わる警務隊(防衛大臣の直轄組織)に強制わいせつ事件として被害届を出し、2021年9月18日には人形を使った現場検証を行ったという。

検察庁の捜査を経たものの、2022年5月31日、不起訴処分という結果となった。

五ノ井さんが検察庁に不起訴の理由を尋ねると、検察官は「複数の自衛官を取り調べたところ、五ノ井さんを『首ひねり』という技で倒すところは見たけれど、腰を振るようなわいせつ行為をしているところは見ていない(という証言だった)」と言われたという。

五ノ井さんは、追加の証拠を集め、同年6月7日に検察審査会に不服申し立てを行い、現在その結果を待っている。

●求めているのは「謝罪と再発防止」

五ノ井さんは、出演した動画が公開された翌日の6月30日、実名のツイッターアカウントで投稿を開始。自身が受けた性被害について、精力的に発信している。

「YouTubeの街録チャンネルのインタビューが配信された時、ある隊員の奥さんから、加害者の一人が『すごく焦っていたみたい』という証言を聞きました。焦っているという時点で、それはクロだと思うんですけどね」

五ノ井さんが求めているのは「謝罪と再発防止の適切な処分」だ。

「おそらく今現在も被害を受けている人たちもいるでしょう。その人たちのためにも、どこかで止めないと、性被害がずっと続くのではないかと思います」

五ノ井さんのもとには、ツイッターのダイレクトメッセージ(DM)で様々な質問がくるという。

「『自衛隊にはセクハラやパワハラがあるんじゃないか、だから入隊を迷っている』というような質問がきます。でも、そのために自衛隊に入るのをやめるようなことはしないで欲しい。

新しく入隊してくる子たちを守れるようにと思って声を上げたんで、100%安心してとは言えないんだけど、少しでもそういうことはなくせるように頑張っているので、夢には挑戦して欲しいと答えています」

五ノ井さんは宮城県東松島市出身で、小学4年生の時に東日本大震災に見舞われた。避難所生活の時、災害支援に来てくれた女性自衛官の姿に感動し、「いつかは陸上自衛隊に入りたい」と言う夢を抱いていたという。

「あの時助けてもらって、自分も同じように誰かを助けられるようにと思って自衛隊に入った。だから除隊してしまった今、悔しい思いはありますね」

あの事件でその夢も柔道も失い、五ノ井さんはどん底を味わったという。

「一番許せないのは、セクハラを隠蔽したことです。人が嫌がることをやって隠蔽するなんて最低です。自分の子どもがやられたらどう思うのかと聞きたいですね。それをもう一回考えて欲しい。たとえば、奥さんがやられたらどうか、恋人がやられたらどうか。真実を明らかにして欲しい。そして厳正な処分と謝罪を心から望みます」

自衛隊、そして防衛省はこの声をどう聞くのだろうか。