予選3位の佐藤琢磨が謎のクラッシュ。インディカーはもう終盤戦
2016年のインディカー・シリーズも終盤戦に入っている。8月の第3日曜日に行なわれたペンシルベニア州ポコノ・レースウェイでの500マイルレースは、全16戦の14戦目。第9戦テキサスが雨によって中断中(248周のうちの71周が終了)で、残り周回は今週末に争われる。そのテキサスでのレースを含め、残るは3戦となっている。
日曜の午後3時にスタートするはずだったレースは、雨によって翌月曜日に延期された。レースで勝ったのは、ポイントランキングで2番手につけるウィル・パワー(チーム・ペンスキー)だった。前戦ミッド・オハイオでパワーを豪快にパスして優勝し、ポイントでリードを広げていたシモン・パジェノー(チーム・ペンスキー)は、クラッシュでリタイア。結果は18位に終わり、2014年チャンピオンのパワーは、58点まで広がっていた大差を20点差に縮めてきた。優勝回数もパワーとパジェノーは4勝ずつで並んだ。
トップ10フィニッシュは確実と思われたパジェノーだったが、終盤に行なったピットストップの後、まだ完全に暖まり切っていないタイヤのためかラインをわずかに外れ、マシンのコントロールを失った。
ミッド・オハイオで勝って初タイトルに大きく近づいたパジェノーは、「こういうレースこそ僕らが見せていくべきものだ」と、自らのアグレッシブな走りを自賛し、「失うものは何もないのだから、残りのレースでもとにかく攻め続ける」と語っていた。しかし、ポコノでの彼は、「確実に上位でフィニッシュし、ポイントを稼ぎたい」という守りの姿勢で戦っているように映った。
逆にパワーは、「優勝あるのみ!」という攻めのレースを戦っていた。ピットストップでセッティング変更を重ねて、最終的に最速のマシンに仕上げ、ポールシッターで最後まで優勝争いに残っていたミカイル・アレシン(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)にゴール前10周のバトルでも逆転のチャンスを与えなかった。
パジェノーはいまだにポイントリードを保っている。しかし、せっかく取り戻した流れを再び宿敵パワーの元へと手放してしまった感がある。残り3戦では彼のメンタルタフネスが試される。チャンピオンになるには、このように大きな壁を乗り越える必要がある。
対するパワーは、ポコノでの勝利で完全に勢いに乗った。今週末はテキサスで、その次の週末はワトキンス・グレンというロードコースでのレースが行なわれる。どちらのサーキットでもパワーは優勝経験がある。
パワーは3年連続でタイトルを取り逃した経歴の持ち主だ。いずれの年もランキング2位で涙を飲んだ。今、彼は初タイトルを目指すパジェノーの苦悩が手にとるようにわかるだろう。
「ダリオ・フランキッティにタイトル争いで敗れた時、自分の方が速いのにチャンピオンになれないことが納得できず、悔しい思いをした。しかし今、自分には豊富な経験があり、それを活かして今日のレースでは勝つことができた。経験を基に勝っていたフランキッティに対しては、今は当時以上に大きな敬意を持っている」と、パワーは語る。精神的な余裕は、パジェノーのそれを遥かに上回っている。
一方、今シーズンのベストリザルトが4位の佐藤琢磨(AJ・フォイト・レーシング)は、事前テストも行なって入念に準備を進め、ポコノで表彰台、あるいは優勝を狙っていた。今回の500マイルレースは、フォイト・チームのメインスポンサーとなって12年目を迎えているABCサプライがタイトルスポンサー。琢磨とジャック・ホークスワースはホストドライバーと言うべき立場だった。
そんな重要なレースで琢磨は予選3位に食い込んでみせた。プラクティス1ではトップ10に入れていなかったが、予選用のマシン・セッティングは的確なものに改善。2013年のポコノで予選4位になっている琢磨だが、今回はコース自己ベストで、今シーズンのベストグリッド獲得でもあった。
しかし、レースでの琢磨は大活躍を見せることはできなかった。摂氏20度に届かない気温と強風という難しいコンディション下でスタートした直後、1周目のターン3(最終コーナー)で単独スピンを喫したのだ。「強風が襲いかかった?」「タイヤの空気圧設定が狂っていた?」。それぐらいしか理由の思いつかない不可解なクラッシュだった。前を行くマシンとは十分な間隔を保っており、先行するマシンが奇妙な動きをして彼のマシンに乱気流を浴びせたわけでもない。
「なんの予兆もなしに突然リアのグリップがなくなった。スピンしてターン3のウォールに突っ込んだ」と、琢磨はアクシデントの状況を説明した。
「突風とかじゃなく、原因はウィングのセッティングにあった。計算ミスがあって、フロントに大き過ぎるダウンフォースが発生していたから、リアが軽くなっていてスピンした」
身体に大きな怪我がなかったのは、セイファー・バリアという衝撃を吸収する壁にぶつかったおかげだ。琢磨は説明を続けた。
「予選後のプラクティスで僕らのマシンは速くなかった。その時と今日とではコンディションが大きく違っており、風の影響も考えたセッティングをマシンに施した。フロントにもっとダウンフォースが必要だろうということになったので、ウィングを立てた。そして、大きめのガーニー・フラップも着けた。そうしたら、グリップが考えている以上に上がり過ぎてしまった。想定したよりも3.5パーセントもフロントのダウンフォースは大きくなっていた。スピンをして当然だった」
シーズンベストの3番手グリッドから優勝争いに絡む......というのが琢磨の描いていたシナリオだったが、1周を終える前にマシンは大破し、14号車のレースは終わってしまった。残るはテキサスを含めて3戦。シーズン終盤での琢磨&AJ・フォイト・レーシングの奮起、そして上位フィニッシュを期待したい。
天野雅彦●文 text by Masahiko Jack Amano