中国メディアの西陸網、太原新聞網は21日から25日にかけて、「日本人が認めた。祖先は中国人だった」などとする記事を報じた。(イメージ写真提供:123RF)

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 中国メディアの西陸網、太原新聞網は21日から25日にかけて、「日本人が認めた。祖先は中国人だった」などとする記事を報じた。日本人学者の鳥越憲三郎氏が1970年代から主張した説を取り上げ、「雲南はかつて、大和の根拠地だった。先祖は雲南の少数民族だった」などと紹介した。見出しに使った「認めた」などの表現からは記事制作者が「喜悦」する様子が読み取れる。

 鳥越憲三郎氏は1914年生まれで、1938年に関西学院大学法文学部文学科を卒業。大阪教育大学教授や日本生活文化史学会会長を務めた。専門は文化人類学は古代史。雲南省などにはかつて多くの「倭族」が住んでいて、その一部が稲作や関連する文化を伴って日本に来たと主張した。

 西陸網は、鳥越氏の1984年の発表に注目。鳥越氏は、「雲南からやってきてタイ北部に住むようになった少数民族を調査したところ、すべての赤ん坊の尻に蒙古斑があった」として、「日本人の体質にある蒙古斑の起源は雲南にあった。これも、日本人の発生した起源がこの地(雲南)であった傍証」と主張したという。

 記事はその他の記述も交えて「中日両国は同種であるだけでなく、先祖も共通だった」と主張。秦の始皇帝の命で、不老不死の薬を求めるために童男童女3000人を連れて東に船出した」とされる徐福伝説にされた。中国でも徐福伝説は有名で、「日本人は徐福が連れて渡った童男童女の子孫」との言い方がある。ただし西陸網は1999年3月19日付の産経新聞記事を引用して、同伝説を紹介した。

 同記事の見出しに使った「認めた」との表現からは、「日本人専門家も、認めざるをえなかった」のニュアンスを感じることができる。中国人は自らが「宗主」であることを喜ぶ性格が強い。同記事からは「中国人こそ、日本人の“本家筋”だった」と誇るニュアンスが伝わってくる。

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◆解説◆
 日本人や日本文化などが日本列島にどのようにもたらされたかについては、さまざまな説が発表されている。江上波夫氏などの騎馬民族説、中尾佐助氏や佐々木高明氏らによる照葉樹林文化論など、枚挙にいとまがない。ただし、いずれの説にも反論があり、定説とは言えないのが現状だ。

 多くの日本人にとって、「日本の祖先はユーラシア大陸、場合によっては南方の島から日本列島にやってきた」との言い方に違和感はないだろう。日本は島国であり、日本列島が人類発祥の地ではない以上、日本人は「どこかからやってきた」と考える以外にないからだ。しかし中国人にとっては、はるか古代にさかのぼったとしても「日本人は中国人の子孫だ」という言い方は、とりわけ心地よく響くようだ。

 上記記事には「中国人の優越感をくすぐる」との面があるものの、日本人と中国人の近さを強調している、つまり日本や日本人に対する好感度を高める効果はあると評価できる。

 ただし、日本でも定説とはされていない主張だけを強調している点では問題がある。中国人読者が「日本人自身が言っているのだから、この説で決定だろう」と判断してしまう可能性が高いからだ。

 ジャーナリストだけでなく、学者などの専門家も同様の過ちをおかす場合がある。1980年代には、日本で書かれた日本伝統音楽の解説書が中国人学者によって翻訳され、中国で出版された。日本の専門家の間では原著について「問題ある記述が多い」との批判があったが、中国では多くの学者が同書を基準に、日本の伝統音楽を理解する現象が発生し、論文でも盛んに引用された。(編集担当:如月隼人)(イメージ写真提供:123RF)