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M&Aが失敗する原因は、会社の価値を見誤り、高すぎる値段で買ってしまったことに尽きると言っても過言ではありません。適切な値段でM&Aを行うためには、類似会社の取引を参照し、「いくらで買い取ればいいか」の相場感をつかむことが重要です。非上場の食品会社を例に、会社の適正価格を算定する方法をご紹介します。本記事では、森生明氏の著書『会社の値段[新版]』(筑摩書房)より一部を抜粋・編集してお届けします。

「自分が経営したほうが上手くいく」…M&Aは経営者としての力量を競い合う活動

M&Aとは、経営支配権を売買する取引活動です。その原動力となるのは、「自分が経営したほうが、企業価値、株主価値を高められる」という自信です。経営者としての力量を競い合う活動、これがM&Aの本質です。

M&A=企業合併と買収は、90年代以降、MA&Dと呼び方が変わりました。DとはDivesture、売却です。他社の経営権を奪い取る活動の反対側で、自社が持っているより他社の傘下に入ったほうが良いという経営判断により事業や子会社を身売りする活動も、M&Aに含まれます。

この、支配権移動を伴う会社や事業の売買での価格算定は、会社の小口化された持分である株式の売買価格=株価の算定と基本構造は同じですが、実際の取引価格は異なります。

この違いを理解して適正株価算定の物差しを手に入れたあなたは、市場株価より高い値段でのTOBがかかりそうな会社や上場廃止のMBO(マネジメント・バイアウト、経営陣による自社買収)、グループ会社再編のための親子上場解消、などのM&Aの動きを察知して先買いすることにより想定以上の売却益リターンを得られるでしょう。

M&Aが失敗するのは「高すぎる値段で買ったから」

価格算定は上場会社を前提としていますが、近年活発化している事業承継の企業売却や会社の事業部門譲渡のような、非上場企業・事業のM&Aの価格算定も考え方は同じです。

まずM&Aにおける企業価値算定のポイントを説明した上で、TOBでは通常20〜30%といわれる支配権プレミアム、つまり「経営支配権」の値づけについて考察します。株価×発行済株式総数で計算される株式価値とM&Aで支払われる株式買収総額の違いを生み出す要素の全体図は、図表のとおりです。

[図表]株式市場価値とM&A市場価値の重層構造 出典:『会社の値段[新版]』(筑摩書房)より抜粋

M&Aの成功・失敗については、買収後の統合マネジメント(Post Merger Integration、PMI)がカギだといわれ、私自身も実際の経験からそう思いますが、振り返ればそれらは予見できたものばかりです。

その意味で失敗の原因はほぼ「高すぎる値段で買ったから」に尽きる、と言って過言ではありません。

なぜなら、どんなポンコツ会社でもタダで買えば損しませんし、買収後まで損が出続けるような会社や事業を引き取るならその損失見込み分値下げする・持参金を要求すべきで、M&A交渉においては「全ては条件次第」だからです。高すぎない値段でM&Aを行うための手順と要点を、順を追って説明します。

高すぎない値段でM&Aを行うカギは「類似の会社・取引を参照すること」

M&Aの対象になっている会社のための「売買価格」の算定方法は上場公開されている会社の値段のつけかたと基本は変わりません。ここでも「将来キャッシュフローの割引現在価値」が企業価値算定の根本原則です。

上場している似たような会社のPERやEBITDA倍率を参照するという方法で「類似会社倍率(マルチプル)比準方式」と呼ばれます。M&A取引のデータの蓄積が進んでいる今日、過去の同業界、同規模のM&A案件で実際に支払われた買収金額とその対象会社の直前の利益・EBITDAから倍率を逆算して参照する「類似取引倍率(マルチプル)比準」というやり方もあり、これを用いれば「支配権プレミアム」の相場感をつかむことができます。

ケーススタディ:非上場の食品会社の価格算定式

非上場の食品会社X社を買収したいので価格を算定してくれ、と依頼されたとしましょう。簡単な試算として必要な情報は4つだけです。

1.営業利益はどれぐらい毎年ありますか?→15億円

2.工場設備やシステム投資の減価償却は?→5億円

3.銀行からの借金はいくら残ってますか?→75億円

4.不動産の含み益や余剰の現預金・有価証券は?→30億円

会社四季報(最近だとSPEEDAなどの有料データベース)で似たような事業内容(欲を言えば規模や収益力も同じぐらい)の上場会社を検索して、その平均EBITDA倍率が7倍だとします。

X社は非上場で規模も小さめなので30%ほどディスカウントして5倍、とすれば

X社株式価値=企業価値−ネット有利子負債

=EBITDA(15+5)×5倍−(75−30)

=55億円

と暗算で計算できます。

意外にシンプルな評価方法ですが、相場感覚を持つという意味でこの価格算定結果は役立ちますし、かなり多くの場合売主の創業社長の感覚とマッチしていて「やっぱりそんなもんかね」という反応が返ってくるものです。

森生 明

グロービス経営大学院

講師