セブン&アイ・ホールディングスの凋落と逝去した創業者・鈴木敏文元会長の功罪
この原稿を書いている本日(5月25日)、セブン-イレブン・ジャパンの創業者で同社名誉顧問である鈴木敏文元会長の死去のニュースが飛び込んできた。享年93歳。セブン-イレブンの創業を共に担った親会社のイトーヨーカ堂の創業者である伊藤雅俊元名誉会長が先にこの世を去って3年である。
2016年に会長の座を追われるような形で失脚したが、イトーヨーカ堂とセブン-イレブンという関東一のスーパー、コンビニ業を率い、2005年にはそごう・西武という百貨店をも買収してセブン&アイ・ホールディングス(以下セブン&アイ)という日本一の流通企業の座の盟主に就いたカリスマ経営者の死去である。
1974年創業のセブン-イレブン・ジャパンは親会社となるアメリカのサウスランド社を母体としており、日本初のコンビニとされているが、それ以前にも1971年創業の北海道のセイコーマートや1966年に大阪で創業されたマイショップなどの例があるため、厳密には「コンビニという業種を世間に広く認知させた最初の企業」とか「アメリカ式のコンビニを和式に変え日本に定着させた最初の企業」と言うべきである。
最近の同社の凋落(ちょうらく)は酷く、親会社であったスーパーのイトーヨーカ堂と、3年前には池袋店でストライキ騒ぎまで起きた西武百貨店とそれに付随するそごうのグループであったミレニアムリテイリングを手放しており、鈴木氏の末期は皮肉にも同社の凋落と重なっていたと言える。なぜ凋落したのか、考えてみたい。
“鈴木式コンビニ経営は通用しない”と語っていた現場オーナーたち
実は筆者はセブン-イレブンでの鈴木式経営が限界に達しており、特にスーパーや百貨店事業では通用せず凋落することを、いち早く自著『セブン-イレブンの真実-鈴木敏文帝国の闇‐』(日新報道のちアドレナライズ刊)などで訴えていた。
筆者がコンビニ取材を開始したのはもう20年前であるが、その頃からヨーカ堂出身のセブン-イレブンオーナーを中心に、「鈴木さんが『イトーヨーカ堂の業務改革委員会』と銘打って行ったセブン-イレブンと同じく、『死に筋を排除して売れ筋を残す』という単品管理(英語ではユニット・コントロールと言われる)と言われる理論を適用して、イトーヨーカ堂の商品も死に筋を排除するというやり方をしたら、かえって品部減りしてお客様の欲しい商品がなくなって業績が落ちた。だから、百貨店にもコンビニ方式が通用するはずがない」という声を耳にした。
当時はまだセブン&アイやそごう・西武(ミレニアムリテイリング)は鳴り物入りで発足して1、2年だったから、何ら陰りは見えなかったが、イトーヨーカ堂等スーパーの現場を踏んだオーナーたちは小型店であるコンビニと大型店であるスーパーや百貨店等の根本的な違いを体験的に理解していたのである。
単品管理とか死に筋排除と言うと、流通業出身以外の方にはなじみがないと思うので解説しておくと、セブン-イレブンのような小型の店舗では、売れない商品は邪魔なので、売れないと「死に筋」と即座に判断して返品し、代わって「売れ筋」とされる商品のみを残していくというものである。
そのために1つ1つの商品管理に気を払え、という理論だが、スーパーや百貨店のような大型店ではほとんど買い手のつかない超ブランド品や足が小さな人のためのサイズの靴などもある(というより必要)わけで、「死に筋排除」などしていたら超ブランド品やニッチな商品がなくなり、買い手つまり顧客の側は不便をこうむるだけである。
筆者も鈴木氏自らが視察にしばしば足を運ぶイトーヨーカ堂店舗の常連客であったが、品ぞろえの不足にはいつも嘆息したものである。
「あなたはコンビニしか知らないコンビニ野郎だ!」
そごう・西武の経営がいよいよ行き詰まり、3年前の2023年にはいよいよ売却を余儀なくされる状況となった。
『週刊東洋経済』2023年5月20日号によると、当時のセブン&アイ社長である井阪隆一氏が西武百貨店出身でクレティセゾンの会長である林野宏氏を売却案などの説明に訪れたところ、「あなたに池袋西武の何がわかる。売り場はコンビニの棚のようには簡単に動かせないんだよ!」と言われた挙句、「あなたはコンビニしか知らないコンビニ野郎だ!」とまで言われ、井阪氏は「人生最大の屈辱を受けた」と大激怒したという(筆者は、過去に2度井阪氏を直接インタビューしているが、簡単には怒らない人なので、よほどたまりかねたのだと思われる)。
しかし、井阪氏には気の毒だが、残念ながらこれは先述のセブン-イレブンオーナーたちの見解と同一であり、正論と言わざるを得ないのである。井阪氏は父親が野村證券副社長にまでなった井阪健一氏で、同社と取引があり、株式上場などで世話になったセブン-イレブンは子息である息子の隆一氏を「お預かり」する形で入社させたと言われている。
以来、井阪氏はセブン-イレブン畑一筋で社長となり、2016年の鈴木氏退任後にはセブン&アイの社長に就任した。だから、セブン&アイの社長となって初めてスーパーや百貨店等の”異業種”の世界に触れたわけであり、コンビニ式の仕事のやり方以外を知らないのである。
元ダイエー社員のセブン-イレブンオーナーが、やはり約20年前に「ダイエーの二の舞になるのではないか? スーパーや百貨店事業と分離し、ローソンのようにコンビニ事業だけになるという…」と筆者に語っていたが(デニーズ等は例外的にセブン&アイに残ったものの)、事実その通りになってしまった。
コンビニ事業に絞っても低空飛行
何だかんだ言ってもセブン-イレブンはコンビニ店舗数日本一を誇り、商品も魅力的で電気料金収納などの公共料金取り扱いサービスを導入したり、POSレジを導入したり、特にクリンリネス(清潔度)やフレンドリーサービス(友好的接客)には力を入れ、トイレを含め店舗はいつもキラキラピカピカという快適さを与え、私たちの暮らしに貢献してきたことは事実だ。
しかし、ここに来て「あげ底弁当」(弁当の底をあげてご飯を多めに見せること)の問題やライバル企業に対抗するヒットを中々出せず、「一人負け」と言われる事態となっている。
これは、よくも悪くも鈴木氏が会長だった時代は独断専行ながらも、鈴木氏に「良い商品」と判断されたものしか店頭に並ばなかったが、役員の価値観統一が難しい現体制の弊害だろう。
セブン-イレブン本部では毎日、昼食を兼ねた「役員試食会」と言われる弁当試食が行われるが、そこで以前は鈴木氏が「これはまずい」と言えば、即全店舗から撤去されたのである。
鈴木氏の口癖でモットーは「お客様の立場に立って考える」だったが、この「お客様の立場」とは要するに鈴木氏の主観を越えるものではなく、役員がまばらな意見を述べる現在では、「お客様の立場」が絞り込めないのであろう。
ファミリーマートやローソン等同業他社は、鈴木氏のようなワンマン経営者はおらず、集団指導体制が基本なので、そこで差がついてしまったのではないか。セブン-イレブンは長年のワンマン指導体制から、集団指導体制への移行に手間取っているとしか言いようがない。
鈴木氏の影も完全に消え去った今、セブン-イレブンは今後変われるのか否か注目される。
文/角田裕育 内外タイムス
