古地図にも載っていない「消えた東の峰」! 富士山がきれいなフォルムになった大崩壊の歴史【眠れなくなるほど面白い 図解 富士山の話】

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富士山はかつてツインピークスだった! 山体崩壊の歴史

古富士山が東の峰だった

 富士山は、現在では美しい円錐型をした大型火山ですが、じつは約2900年前までは2つの峰をもつ「双耳峰(ツインピークス)」でした。

 では、なぜ現在のように独立峰になったのでしょうか。その理由は、「御殿場岩屑なだれ」と呼ばれる大規模な山体崩壊にあります。これは、噴火や地震の影響によって、富士山の東側にあった峰が一気に崩れ落ち、大量の岩屑や土砂が泥流となって、黄瀬川や鮎沢川(いずれも静岡県)を流れ下った現象です。その影響は大きく、駿河湾や足柄平野にまで達したと考えられています。

 このとき崩壊した東側の峰は、現在の富士山の土台となっている「古富士山」の一部でした。古富士山は、噴火を繰り返しながら噴出物を積み重ね、長い時間をかけて成長してきました。その過程で、約1万年前ごろ、山頂の位置が西側へずれ、新たに「新富士山」が誕生します。新富士山は、古富士山を完全に覆い隠したわけではなく、古富士山の山頂が残った状態で西側に現れたため、富士山はしばらくの間、2つの峰をもつ姿だったのです。

 御殿場岩屑なだれの後も、富士山は噴火を繰り返し、噴出物を積み重ねていきました。その結果、東側の崩壊跡は次第に埋められ、現在のような整った円錐形が形づくられました。

3000年前の富士山はきっとこうだった!

御殿場岩屑なだれ以前は、西側に新富士山、東側に古富士山が並ぶ双耳峰だったとみられています。

独立峰と双耳峰の違い

【独立峰】

周囲の山から独立して、単体でそびえる山。

【双耳峰】

山頂部が2つに分かれて見える山。

山体崩壊は約1万年ごとに起きている

噴火や地震の影響で山の一部が崩れる

流れ出た溶岩や火山灰が何層にも積み重なる

裾野が広がっていき、きれいな円錐型になる

過去、富士山はおよそ1万年おきに山体崩壊を繰り返しながら、現在の美しい円錐型が形づくられました。

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 富士山の話』監修:富士学会

【監修者情報】
富士学会
富士山と、その関連地域を対象として、自然科学から芸術、歴史、宗教の人文科学までを広く網羅し、富士山にちなんだ教育や、噴火を想定した防災など、総合的な領域の研究を進めている。富士山の本質と全体像の探求、関連地域の環境保全、防災、活性化などを目的として、学術大会・討論会・講習会などの開催、会誌・図書などの出版、関連教育・文化活動への協力と支援などをおこなっている。事務局は東京の日本大学文理学部地理学教室に置かれている。