『地獄に堕ちるわよ』 Netflixにて世界独占配信中

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  4月27日からNetflixで配信がスタートしたドラマ『地獄に堕ちるわよ』が大きな反響を呼んでいる。本作は、「六星占術」ブームを巻き起こし、タレントとして一世を風靡した占い師の細木数子の激動の半生をドラマ化したものだ。

参考:戸田恵梨香の怪演で際立つ虚実の境界線 『地獄に堕ちるわよ』が傑作と言える3つの見どころ

 物語は、細木数子(戸田恵梨香)の小説を書こうとしている作家・魚澄美乃里(伊藤沙莉)の前で、細木が過去を回想する形で進んでいく。戦後の混乱期を生き抜いた数子は、高校を中退して始めた商売で成功するものの、何度も男に騙されて財産を失い、それでも何度も復活し、やがて人気占い師となる。そんな数子の物語が昭和から平成の時代状況と共に語られる。

 「アダルトビデオの帝王」と言われた村西とおる(山田孝之)が成功していく姿を通して、アダルトビデオの黎明期となった1980年代の日本を描いた『全裸監督』、女子プロレスラー・ダンプ松本(ゆりやんレトリィバァ)を主人公に1980年代の女子プロレスの世界を描いた『極悪女王』、2017年に起きた地面師詐欺事件をモデルにした犯罪ドラマ『地面師たち』など、実話や実在の人物から着想を得た実録ドラマをNetflixは多数配信している。

 他にも、ビートたけし(柳楽優弥)が浅草フランス座で芸人として修業していた青春時代を描いた『浅草キッド』、アイことはるな愛(望月春希)の半生と、性別適合手術に取り組んだ整形外科医・和田耕治(斎藤工)の邂逅を描いた『This is I』といった映画もNetflixは配信している。実話をベースにした実録ものは、どの作品も配信されるとすぐにSNSで話題になる。

 実話を元にしたドラマというとNHKの大河ドラマと連続テレビ小説(以下、朝ドラ)が真っ先に頭に浮かぶが、Netflixの実録ものが大きく違うのは、題材となる物語が凶悪犯罪や歴史的な事件で、登場人物が物議を呼ぶ過激な行動で周囲を翻弄するトリックスター的存在だということだ。

 『全裸監督』以降、過激な性描写や暴力描写が話題になることが多いNetflix作品は、今のテレビでは深夜帯でも難しくなっている過激な表現の受け皿となっている。そして、既存のテレビドラマでは、刑事ドラマの悪役としてしか描けない犯罪組織の描写も、Netflixならピカレスクドラマとして悪役の視点で描くことができる。

 『地獄に堕ちるわよ』の細木数子も、ヤクザと繋がりがあり、霊感商法で儲けてきた極悪非道な占い師。何より2000年代にはテレビ番組に多数出演していたため、当時のテレビ局の責任もある。その意味でも、地上波のテレビでは描きにくい存在で、彼女の物語はNetflixの配信ドラマでなければ実現できなかっただろう。

 また、実話を元にした物語の最大の強みは、フィクションならリアリティがないと言われるような展開でも、現実に起こったことなら仕方がないと、視聴者を納得させることができることだ。「事実は小説より奇なり」ではないが、一人の作者が細部まで作り込んだ物語よりも、現実に起きた事件や実在した人物の評伝の方が説得力がある。だから実話を下敷きにしてフィクションを作ると高解像度の物語に仕上がる。

 だが、その反作用として、どこまで実話に忠実に作られているのか、という「現実との答え合わせ」に視聴者が夢中になってしまうという問題点がある。

 現在、『地獄に堕ちるわよ』の感想がSNSで多数呟かれているが、そのほとんどは、現実の細木数子の半生を正確に描けているかというジャッジや、演じる戸田恵梨香の現実の細木数子と比べて痩せすぎではないかというビジュアル面での評価がほとんどだ。こういった現象は朝ドラや大河ドラマでも見られるもので「現実との答え合わせ」に視聴者が夢中になり、ドラマ本編の評価が二の次になってしまうのだが、そもそもノンフィクションであっても、作り手が存在する限り、ある部分は描き、ある部分は描かない、もしくは別の描写に置き変えるといった編集は避けられない。そのため、問われるべきは(現実の)再現性ではなく、編集によって描かれる作り手の意図であるべきなのだが、『地獄に堕ちるわよ』が面白いのは、実録ドラマを紡ぐ作り手の葛藤自体がテーマとなっていることだ。

 物語は細木の幼少期から始まり、彼女があれよあれよと商売で成功し、次々と男と付き合っては騙されるという展開が続くため、毎話、少し違和感が残るのだが、次第にこれは、細木が魚澄に語った都合の良い物語だとわかってくる。

 そして島倉千代子(三浦透子)との出来事を聞いた後、魚澄が細木の関係者に取材をするようになると、細木の語った物語からは見えてこなかった視点が加わっていく。その結果、戦後の焼け野原からビジネスで這い上がってきた苦労人の細木の加害者としての顔が見えはじめ、魚澄は彼女の暗黒面を小説にどう書くべきなのかと迷い出す。

 現実の出来事を下敷きにした作品であっても、語り手の意思によって物語の解釈は無限に変化する。その危うさを、魚澄の視点で自己言及的に描いたことによって『地獄に堕ちるわよ』は、Netflixの実録ドラマを一歩前に進めたと言えよう。(文=成馬零一)