しなる右腕から放たれる″アニメの主人公″のような快速球 無口なエース・岸孝之はまさに難攻不落の強者だった
流しのブルペンキャッチャー回顧録
第8回 岸孝之(楽天)
東北学院大・岸孝之のことを教えてくれたのは、同じ「仙台六大学リーグ」の雄と言われていた東北福祉大の関係者だった。今でこそ仙台大がメキメキと頭角を現してきたが、当時は東北福祉大の独壇場。1989年春から、岸が大学3年時の2005年秋まで、リーグ戦34季連続優勝と圧倒的な強さを誇っていた。
「とんでもないピッチャーになりますよ。そのうち、岸が投げる日は東北学院大には勝てなくなる。きっと、そうなりますよ!」
自分たちにとってよくない予言を、これほど力説するのだから、よほどの逸材なのだろう。それも、全国大会の常連であり、毎年のようにプロ球界へ大物を送り出してきた強豪校の関係者が、「岸には敵わない」と言いきるのだ。その投手の実力は、いったいどれほどのものなのか──。

東北学院大時代の岸孝之 photo by Sankei Visual
2004年、胸を躍らせて観戦に訪れたリーグ戦で驚いた。
その日は登板予定がなく、ベンチの中にその姿はちらりと見えていた。だが、5回終了後のグラウンド整備でユニフォーム姿を目にした時、「本当にあの投手なのか?」と思わず背番号を確かめたほどだ。薄っぺらい体つきに、帽子からはみ出した長い髪。想像していたイメージとはかけ離れていた。
ただ、もっと驚いたのは、先発としてマウンドに上がった翌日の試合だ。とにかく右腕がしなる、しなる! ペラペラに見えたユニフォーム姿は前日と変わらなかったが、その長身痩躯がしなやかに躍動している。手足が長いから、全身の連動が美しい。現代風にいえば「バエる」というやつだ。シルエットがゴツゴツしていないので、身のこなしが、まるでバレエダンサーのようだ。
流れるような美しいフォームに見とれていると、打者はあっという間に快速球に差し込まれる。きれいなタテ回転の猛烈なバックスピン。この時、まだ2年生。スピードガンで測れば140キロ前半だろうが、打者の体感速度はおそらく150キロ近いはずだ。
なんだか、アニメを見ているようだった。一見、ふつうの大学生よりも細身の体型で、後ろ髪をなびかせながら、なんでこんなプロみたいなボールを投げられるのか。「21世紀の快腕」って、こういうアニメの主人公みたいなヤツなのかもしれないな......。隔世の感を覚えながら、球場を後にしたものだった。
東北福祉大関係者が恐れていた現実がやって来たのは、その2年後、2006年のことだった。4年生となった岸は、さらにすごみを増していた。
春のリーグ戦で最速152キロ、アベレージ140キロ後半の快速球に、落差が激しいカーブに、キレ味鋭いスライダーを駆使。宿敵・東北福祉大を相手に3連投し、リーグタイの1試合19奪三振をマークするなど、快刀乱麻のピッチングで絶対王者の35連覇を阻止し、18年ぶり優勝の立役者となり、一躍、ドラフト1位候補に躍り出た。
【全身のしなりから放たれるストレート】岸のもとを訪れたのは、そんな春のリーグ戦の最中だったと記憶している。ウォーミングアップで外野を駆ける足腰の弾力が、人間離れして見えた。なんというバネか......。まるで「バンビ」のようだ。
ブルペンにやって来て、立ち投げの初球で圧倒された。腕がしなるというのは、こういうことか!
腕だけじゃない。長い四肢の連動で、すべてがしなる。全身がしなり終えると、最後に指先からボールが放たれる。もう腕は振り終えているのに、まだボールが出てこない不思議なタイムラグ。これが"球持ち"というやつか。
まず、捕球のタイミングが難しい。腕の振りに合わせると、ちょっと早い。ならばと、ちょっと遅らせようとすると、今度は快速球に弾かれてしまう。捕球するのにこれだけ苦労するということは、打者だってタイミングを取るのは難しいはず。
「なんだかよくわからないうちに、差し込まれているんですよ。速いとか、すごいとかじゃないんです。強いて言えば、"組めない"ですかね。たとえば相撲をやって、何度やっても立ち合いが合わないみたいな......。それに、あのカーブでしょ」
のちにプロに進んだある強打者は、このように岸を称していた。
そして「あのカーブ」というのは、いったんフッと浮き上がってから、ストンと落ちる。ストーンというほどの落差はないが、そのかわり真下に落ちてくる。昭和の名投手たちが操った"ドロップ"のような軌道だ。
岸のボールは全球種が低めに集まり、なかでもストレートが秀逸だ。とにかくボールの伸びがすばらしく、低めの速球で"高さの感覚"がわからなかったのは、岸と、今やオリックスでレジェンド的な存在になっている平野佳寿のふたりだけだ。
【究極の人見知り!? 2時間半の沈黙】そんな表現力豊かなピッチングとは裏腹に、岸はほとんど話さない。結局この日、会話らしい会話はなかった。
「岸は初めての人にはまずしゃべりませんよ。大丈夫ですか? 私が通訳しましょうか?」
東北学院大の菅井徳雄監督(当時)は、攻略困難な取材相手を前に苦慮する私を不憫(ふびん)に思ったのだろう。いろいろと救いの手を差し伸べてくれた。
「私なんかには少し話すんですけどね。チームメイトともあまり話さないし、人見知りなのかなんなのか......初めての人には、まずダメなんでね」
そうはいっても、監督さんに通訳してもらっては岸の"言葉"にはならないし、なんとかしようと、昼食を挟んでトータルで2時間半ほど頑張ってみたが、ピッチング同様"難攻不落の強者(つわもの)"だった。
端正な顔立ちのポーカーフェイスから発せられる言葉は、「まあ、はい」「いや、べつに」「うーん、どうですかね」くらいで、結局は、私が信頼してもらえなかったんだ......と、こちらからのギブアップで終わった。
困ったのは、そこからだ。「流しのブルペンキャッチャー」は、ボールを受けて終わりじゃない。受けて、語り合って、それをベースとして記事にしなきゃならない。話してくれなきゃ、"カギカッコ"の部分がつくれないし、読む人だってつまらないだろう。
とはいえ、無理やりでっち上げるわけにもいかないし、さんざん悩んで、ない知恵を絞って"妙案"が浮かんだ。
それは「岸孝之投手への手紙」だった。共にユニフォーム姿となって、ブルペンで、インタビューをした監督室で、時間と空間を共有した半日の間で感じたこと、驚いたこと、考えたこと......。そんなことをつらつらしたためた「手紙」は、そのまま記事になった。
その最後のところで、たしかこのようなことを書いたように思う。
<岸くんにも、いろんな事情や、都合や、思うところがあるのだろうけれども、伝えるべきことを伝えずにいて、もし誤解されてしまって、つまらないことにならなきゃいいけれど......。>
【プロ1年目から大奮闘】その年、投手として一気に飛躍した岸は、「希望入団枠」というスペシャルな待遇で、西武に入団すると、1年目からローテーションの一角を占める大奮闘を果たした。そんななか、ずっと気になっていたのが、登板翌日のスポーツ紙の記事だ。
投球内容や、勝った、負けたといったことは、どうでもよかった。目が行くのは、記事の中に岸の言葉がいくつあるか。つまり、記者たちにどれくらい話ができたのか、その一点だった。
好投して、写真入りの大きな記事になっているのに、"カギカッコ"は2行だけ。そんなことが何年か続いたが、それでも現役年数に比例するかのように、2行が3行になり、3行が4行になり......。2ケタ勝利よりも、2008年の日本シリーズのMVPよりも、そちらのほうがずっとうれしく思ったものだ。
2017年から故郷の仙台に戻り、楽天の帽子とユニフォームを身にまとった選手名鑑の岸を眺めている。
「いい顔になったなぁ」
若い頃の端正なイケメンに、幾多の歴戦を乗り越えてきた渋さが加わって、「こんなマスクの役者がいたらいいのになぁ」と思うような"ナイス・ミドル"ではないか。
きっとあのあと、いい時間をたくさん過ごしてきたのだろう。プロ20年目のシーズンを送る今、心から祝福したい気持ちでいっぱいである。
岸孝之(きし・たかゆき)/1984年12月4日生まれ、宮城県出身。名取北高から東北学院大に進み、4年春のリーグ戦で18年ぶりの優勝に貢献。2006年大学生・社会人ドラフトの希望入団枠で西武に入団。08年、巨人との日本シリーズで2戦2勝、14回2/3を無失点の活躍でMVPに輝く。14年にはノーヒットノーランを達成し、最高勝率(.765)のタイトルを獲得。2017年に楽天へ移籍し、翌18年には最優秀防御率(2.72)に輝く。23年に通算150勝、2000奪三振を達成した。
