【ロッキード事件発覚から50年】『ロッキード』著者・真山仁が指摘する「5つの疑問」と「本当の核心」 解明されなかった“児玉誉士夫ルート”21億円の謎
"戦後最大の疑獄"と呼ばれたロッキード事件の発覚から今年で50年が経つ。なぜ田中角栄元首相は逮捕されたのか。巨額のカネはどこへ消えたのか。疑惑の資料を明るみに出したアメリカの狙いとは何だったのか。
【図解】丸紅、全日空、児玉…ロッキード事件3つの「金銭ルート」
5億円は賄賂だったのか
「田中角栄は無罪だった可能性があるし、事件の全貌も解明されていません」と語るのは、事件を徹底的に調査して著書『ロッキード』を著わした小説家・真山仁氏だ。
50年前、日本中に衝撃が走った。1976年7月27日、外為法違反容疑で前総理・田中角栄が東京地検特捜部に逮捕された(後に受託収賄罪でも起訴)。総理就任の翌月(1972年8月)、全日空がロッキード社のトライスター機を導入するよう尽力してほしいと丸紅から依頼され、後に丸紅経由で5億円を賄賂として収受した容疑だ。
総理経験者の逮捕は前例がなく、多数の関係者も逮捕され、「戦後最大の疑獄」と騒がれた。角栄は1993年に死去して最高裁で公訴棄却となったが、秘書への判決文で5億円の収受が認定された。
事件は"検察特捜部の金字塔"と賞賛されたが、「検察の主張、裁判所の判断には疑問が残る」と真山氏は指摘する。第一に「角栄は本当に5億円を受け取ったのか」。
「起訴状によれば丸紅は角栄の秘書に4回に分けて金を渡したとされます。1回なら発覚のリスクが低いのに、なぜ4回に分けたのか。そのうち3回は東京都心の衆人環視の場所で白昼堂々行なわれたとされ、不自然です。特に3回目は、大物政治家のパーティが開かれているホテルの駐車場で、という不可解さです」
真山氏は3回目について、供述通りに秘書の行動ルートを車で走って実地検証した。結果、時間的には間に合ったのだが、
「3回目の授受があった1974年1月21日の東京は大雪が降り、首都高は通行止め、一般道は大渋滞でした。その状況下で起訴状の時間通りに移動できたかどうか疑問が残ります。起訴状に雪のことが一言も触れられていないのも不自然です」
第二に、仮に5億円を受け取ったとして、「本当に賄賂だったのか」。
「当時を知る新聞記者によれば、財界と深い繋がりを持つ宏池会などは1日で億単位の金を集められた。5億円は総理への賄賂として少なすぎ、総理として職務権限を使って便宜を図るなら数十億円でも見合わなかったといいます。当時は財界が総理就任祝いの金を出す習慣があり、1972年は丸紅が経団連の総理担当だったという説もあります」
実はボーイング社も角栄の刎頸の友・小佐野賢治経由で5億円を払い、マクドネル・ダグラス社も三井物産を介して5億円を払う約束をしたという情報もあるという。
「どの社も払っていたとすると、5億円は特定の便宜を頼む賄賂ではなく、日本の民間航空機市場に参入するための"参加手数料"のようなものだった可能性があるのでは」
解明されなかった21億円と「中曽根」
時の総理大臣が民間航空機の選定に職務権限を行使して便宜を図ることがあるのか──第三の疑問に対し、検察・裁判所は、総理にはその職務権限があると解釈している。
「簡単に言うと、総理は大臣を指揮監督できるから、運輸省(現・国交省)が関わる民間機選定への職務権限はあった、としたのですが、もしそうであるなら国政のあらゆる業務が総理の職務権限になってしまう。法律の拡大解釈でしょう」
検察と裁判所は、ロッキード社幹部の嘱託尋問においても、超法規的に幹部の免責を保証した。「司法はなぜそこまで無理筋を通したのか」が第四の疑問である。背景には検察の権威が失墜していた事情がある。1968年の汚職事件・日通事件、1974年の田中金脈問題と相次いで、検察は政治家を逮捕できずにいた。
「ロッキード事件は起死回生の最後のチャンスと言えた。それを後押ししたのがマスコミと世論でした。1972年のウォーターゲート事件で新聞の調査報道がニクソン大統領を辞任に追い込み、マスコミは『今度は自分たちの番だ』と意気込みました。狂乱物価に苦しむ世論も"角栄悪玉論"で沸騰した。取材でお会いした、ロッキード裁判の最高裁判事・園部逸夫氏は『裁判所が世論の影響を全く受けなかったと言えば、嘘になる』と語りました」
真山氏が挙げる最大の疑問は、"丸紅ルート"で角栄が裁かれた一方、21億円が動いたとされる"児玉ルート"の謎が解明されなかった点だ。事件の発端が「ロッキード社は秘密代理人・児玉誉士夫に21億円の秘密工作資金を贈った」という同社幹部の証言だったにもかかわらず──。
「1970年1月に第3次佐藤栄作内閣の防衛庁長官に就任した中曽根康弘の意向を受け、防衛庁は対潜哨戒機の国産化方針を打ち出しました。ところがその後、国産化方針が白紙撤回され、結局ロッキード社のP-3Cを採用します。21億円はそのための工作資金として複数の政治家に渡ったとされ、早くから名前が挙がっていた一人が児玉と親しかった中曽根でした」
トライスター機は1機約50億円で、全日空は21機購入。P-3Cは1機約100億円で、防衛庁は約100機購入した。動いた金額の規模は10倍だ。しかも片や民間航空機であるのに対し、片や国の防衛装備である。
しかし、児玉は病気を理由に検察の取り調べも裁判への出廷もほとんど拒み、1984年に亡くなった。そして、事件は未解決のまま忘却された。
真山氏が強調する。
「児玉ルートがロッキード事件の核心だとすれば、防衛という国の重要政策がアメリカ政府や軍需産業の意向によって歪められたという、決して対等ではない日米関係のあり方が見えます。そして、それは今日まで続いている。半世紀が経った今も、この事件を考えるべき理由はそこにあります」
【プロフィール】
真山仁(まやま・じん)/作家。1962年生まれ、大阪府出身。2004年に『ハゲタカ』でデビュー。最新刊は『ウイルス』(潮出版社)。
取材・文/鈴木洋史
※週刊ポスト2026年5月8・15日号
