玲奈さんのコンクリ詰め遺体が発見された長屋/筆者撮影

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 2025年2月、大阪府八尾市の長屋からコンクリート詰めされた少女(当時6歳)の遺体が発見された事件。少女の叔父にあたる飯森憲幸被告(起訴時・41歳)=傷害致死と死体遺棄の罪=と、交際相手のA(同・36歳)=死体遺棄の罪で公判中=が起訴された。
 大阪地裁(伊藤寛樹裁判長)は今年3月13日、飯森被告に懲役8年の実刑判決を言い渡し、この判決は確定している。

 裁判や取材で判明した事実から、この悲惨な事件の一部始終を、前後編にわたって詳報する。

◆世間を震撼させた「6歳女児遺体コンクリ詰め事件」の全貌

 八尾市内にたたずむ昭和の匂いが残る長屋。この一室の押し入れから、コンクリート詰めにされた少女の遺体が発見された。

 少女の名前は岩本玲奈さん。2000年10月下旬の生まれで、事件に巻き込まれなければ、現在25歳になっていたはずだ--。

 事件をめぐって、玲奈さんの叔父にあたる飯森被告に有罪判決が言い渡された。

 判決によると、飯森被告は2006年12月下旬から翌07年1月上旬ごろ、大阪市平野区内の当時の自宅で、玲奈さんの顔面を殴るなどの暴行を加え、外傷性ショックで死亡させた。

 さらに、玲奈さん死亡から約18年後の2024年11月には、八尾市の長屋から、金属製の衣装ケースにコンクリート詰めにした玲奈さんの遺体を同市内の別の長屋に台車で運搬した。

 今年2月の初公判で、飯森被告は起訴内容を全面的に認めていた。弁護側は、情状酌量を求めて「当時23歳で育児経験のなかった被告人が、悩んだ末に突発的に暴行を加えてしまった」と裁判員らに訴えていた。

◆法廷で語られた“優しい叔父”による“残虐犯行”

「かわいい、大好きな姪でした」(被告人質問から・以下同)

 静まり返った法廷に、飯森被告の穏やかな声が響き渡った。勾留中の飯森被告は、やや疲労しているような顔つき。しわが目立つ黒色のスーツに紺色のネクタイ姿で法廷に現れると、傍聴席の目を避けるように身体を反らしながら被告人席に座った。

 そんな飯森被告の体格は、高身長で全体的に筋肉質でがっしりしており、傍聴人も驚くほどのガタイの良さ。現在は「事件当時よりも痩せた」というが、それでも身長は180センチ、体重は85キロだという。

 被告人質問では、厳つい体格に反して穏やかそうな声で、一言ずつ慎重に供述しているように感じ取った。そんな声の人物像からは想像できないような“残忍な犯行”が、法廷で次々に明らかになっていく--。

◆「パパと住みたい」…6歳少女の過酷な生い立ち

 まず、飯森被告が玲奈さんを引き取ることになった経緯について紐解いていく。

 判決や書証などによると、玲奈さんは八尾市内で生まれた。玲奈さんが2歳のころから、母親・祖父B・曾祖母と、祖父Bの家で生活するようになった。

 そして玲奈さんの生活が一変したのは、2004年のこと。

「玲奈の母親は住み込みで働くために、父親(筆者注:玲奈さんの祖父B)の家を出て行った」

 当時、玲奈さんの母親は消費者金融から借金をしていた。飯森被告によると「借金取りから電話があったり、家を偵察されていた」というほどに切羽詰まっていたという。借金返済のため、母親は玲奈さんを残して夜の店に働きに出たようだ。

 翌年には、玲奈さんの母親代わりをしていた曾祖母が認知症に。Bだけでは玲奈さんの面倒を見きれなくなってしまった。

 飯森被告によると、この頃からBは玲奈さんを「こいつ」と呼んだり、暴力を振るうことが目立ってきたという。これを見かねた飯森被告は、頻繁にBの家を訪れて玲奈さんの面倒を見るようになった。

 すると次第に父親のいない玲奈さんは、飯森被告を慕って「パパ」と言って甘えだすようになり、そんな飯森被告に、子育てを渋っていたBは「玲奈の面倒をお前が見ろ」と指示したという。