(※画像はイメージです/PIXTA)

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離職してから次の職場が決まるまでの生活を支えてくれる「失業給付」ですが、会社が定めた「離職理由」によっては、受給資格を失い無収入の危機に陥ることもあります。「人の役に立ちたい」と未経験で介護職に飛び込んだ52歳のマコトさん(仮名)も、わずか8ヵ月で「懲戒解雇」を宣告され、失業給付への道が絶たれてしまいます。ハローワークに相談しても解決できず、弁護士費用も払えない八方塞がりの状況から、一体どのようにして生活を立て直し再起を果たしたのでしょうか。社会保険労務士としても活躍するFPの岡佳伸氏が、実際の事例をもとに解説します。

「人の役に立ちたい」立派な志を持ち、未経験で介護職に転職も…

「人の役に立つ仕事がしたい」と考え、未経験から介護の世界に飛び込む人は少なくありません。もっとも、思いだけでは乗り越えられないのが現場の厳しさです。

仕事の適性、利用者とのコミュニケーション、職員同士の連携、記録や報告の正確さなど、そのどれかひとつでも崩れると、一気に職場で居場所を失うことがあります。

52歳のマコトさん(仮名)も、そのひとりでした。

マコトさんはもともと社交的な性格ではなく、中小企業の経理職を複数経験してきましたが、どの職場でも人間関係や仕事の進め方で苦労してきました。そんななか、実父母の介護を経験したことが転機になります。

「今度は支える側の仕事に就きたい」

そう考えたマコトさんは、自治体で行われる介護職員初任者研修に応募し、未経験ながら介護福祉施設の正社員として転職しました。

しかし、現実は甘くありませんでした。

わずか8ヵ月で〈懲戒解雇〉されたワケ

マコトさんは、もともと不器用な面もあり、介助や記録、申し送りなどで細かなミスが続きます。

先輩職員の助けもあって、利用者に重大なけがを負わせるような事故は起こしていませんでしたが、介護の仕事は事故の有無だけでは評価されません。利用者や家族とのコミュニケーション、周囲との連携、報告・連絡・相談の確実さも含めて問われます。

マコトさんは利用者との会話がうまく続かず、苦情も増え、何度も注意指導を受けるようになりました。やがて通知書も複数交付され、入職から8ヵ月ほどで懲罰委員会が開かれます。

そこで言い渡されたのが「懲戒解雇」でした。解雇予告手当相当として1ヵ月分の給与は支払われたものの、離職票にははっきりと「懲戒解雇」と記載されていました。

解雇より恐ろしい事実…離職票の“たった一文”で「失業給付」がゼロになる絶望

マコトさんが本当に追い詰められたのは、ここからです。

雇用保険の基本手当、いわゆる失業給付は、原則として離職前2年間に被保険者期間が通算12ヵ月以上必要です。一方で、倒産や解雇などによる離職で「特定受給資格者」に該当する場合や、一定の「特定理由離職者」に該当する場合は、離職前1年間に6ヵ月以上の被保険者期間があれば受給資格を満たすことがあります。

ところが、マコトさんの被保険者期間は約8ヵ月でした。つまり、離職理由が「懲戒解雇」のままであれば、そもそも基本手当の受給資格がない可能性が高かったのです。

ここは実務上、極めて重い点になります。離職理由は単なる名目ではありません。普通解雇か、自己都合退職か、懲戒解雇かによって、受給資格の有無や給付制限の有無も変わることがあります。

会社から見れば“処分名”にすぎなくても、離職者にとっては生活再建の可否を左右する問題なのです。

ハローワークに異議を申し立てても、会社は「懲戒解雇」を崩さない

マコトさんはハローワークで何度も異議を申し立てました。窓口の職員は親身に話を聞き、事情にも理解を示してくれたそうです。

もっとも、窓口が同情してくれても、それだけで離職理由が変わるわけではありません。会社側が「懲戒解雇」との主張を崩さず、資料上も処分の体裁が整っていると、訂正は容易ではないからです。

雇用保険実務では、離職理由に争いがある場合、離職者の申立てだけでなく、事業主側の説明や関係資料も踏まえて判断されるため、離職理由の争いは想像以上に重い問題になります。

マコトさんは仕事を失っただけでなく、失業給付の入口そのものが閉ざされかねない現実に立たされていました。

弁護士費用も払えない、交渉も避けたい…無収入の危機に怯える日々

もちろん、マコトさんも法的対応をまったく考えなかったわけではありません。弁護士への依頼も頭をよぎりましたが、すでに収入が途絶え、生活費の不安が現実になりつつあるなかで、相談料や着手金、その後の費用負担を考えると簡単には踏み出せませんでした。

また、労働組合に加入して団体交渉を行う方法もありますが、それにも気持ちは向きませんでした。自分を懲戒解雇した会社や担当者と、あらためて交渉の場で向き合うこと自体が耐え難かったからです。

ここは制度論だけでは見えにくい、実務の現場らしい論点です。使える手段があっても、費用面や精神的負担から本人が動けないことは珍しくありません。

法的に争えるかどうかと、現実にその手段を取れるかどうかはまったく別の問題なのです。

会社と直接対峙せずに済む「労働局のあっせん」という現実的な一手

そんななか、知人の特定社会保険労務士に相談したところ、勧められたのが労働局の「あっせん」でした。

費用がかからず、当事者同士が真正面からぶつかるのではなく、間にあっせん委員が入って調整を図る仕組みであることが、マコトさんには大きかったのでしょう。

会社の担当者と直接対峙する場面はできる限り避けたいものの、何もしなければ生活再建の道が閉ざされてしまう状況において、あっせんは現実的な選択肢になったのです。

結果として、あっせんの場で会社側も一定の譲歩をし、「懲戒解雇」ではなく「普通解雇」として整理する内容で合意が成立しました。これに伴い、離職票の離職理由も無事に修正されました。

離職票の記載が「普通解雇」に変わり、失業給付の受給資格が復活して最悪の事態を回避

離職理由が「懲戒解雇」から「普通解雇」に変わったことで、雇用保険の取扱いは大きく変わります。

マコトさんは特定受給資格者となり、離職前1年間に6ヵ月以上という要件で90日分の基本手当の受給資格を得ることができました。また、特定受給資格者になったことで国民健康保険料の減免措置も受けられたのです。

この差は決定的でした。もし懲戒解雇のままだったなら、失業給付を受けられず、生活費のあてもないまま再就職活動をしなければならなかったかもしれません。けれども、離職理由が修正されたことで、生活の土台を最低限確保しながら、次の進路を考える時間ができました。

会社が書いた離職理由が、常に絶対というわけではありません。とくに被保険者期間が短いケースでは、離職理由の整理ひとつで、受給資格の有無が大きく変わることがあるのです。

失業給付」で生活費を確保…訓練で学び直し、見事「税理士事務所」へ再就職

さらにマコトさんはその後、介護職に戻るのではなく、もともとの経験を活かせる分野への再挑戦を決意します。応募したのは、6ヵ月の財務関連の公共職業訓練でした。

そして見事に合格し、訓練受講中は基本手当の延長給付を受けながら学び直すことができました。これは単に「失業中にお金が少し長くもらえる」という話ではありません。生活費があるからこそ、焦って不向きな仕事に飛びつかずに済み、自分に合った分野に戻るための準備ができるのです。中高年の転職では、この「立て直す時間」を確保できるかどうかが、その後を大きく左右します。

訓練修了後、マコトさんは税理士事務所への就職を決めました。介護職への挑戦は長くは続きませんでしたが、その失敗がそのまま人生全体の失敗になったわけではありませんでした。再起のきっかけになったのは、特別な裏技ではなく、離職票の記載をそのまま受け入れず、修正の可能性をあきらめなかったことなのです。

「会社が書いた離職理由」が絶対ではない…失業給付をもらいながら人生を立て直す方法

失業給付は、退職したら自動的にもらえる制度ではありません。しかし同時に、会社が書いた離職理由が絶対という制度でもありません。

離職票を受け取ったとき、「会社がそう書いているのだから仕方がない」と諦めてしまえば、生活再建の道まで閉ざされかねません。離職票の一文が、その後の半年、1年を決めることがあります。マコトさんのケースは、その現実をよく示しています。

「懲戒解雇」という言葉だけで人生を終わらせないためには、制度を知り、使える手段をひとつずつ選んでいくことが再出発への分かれ道になるのです。

岡 佳伸

社会保険労務士法人 岡佳伸事務所

特定社会保険労務士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士