異を唱える存在は“すべて敵”か

写真拡大

アルテミスに盛り上がらない米国

 米航空宇宙局(NASA)の宇宙船「オリオン」は4月10日、アルテミス計画による半世紀ぶりの有人飛行での月周回を終えて、米西部カリフォルニア州沖に着水した。1970年のアポロ13号を上回り、人類最遠地点に到達したにもかかわらず、米国内での盛り上がりに欠けていたと言わざるを得ない。

【写真】猛批判を受け即削除…トランプ氏が投稿した“イエス・キリスト風”のAI自画像

 米国民がこの快挙を手放しで喜べなかった理由があると思う。米国・イラン間の戦争(中東戦争)のせいでインフレが再燃しているからだ。

 米国の3月の消費者物価指数(CPI)は前年比3.3%上昇し、約2年ぶりの伸びとなった。ガソリン価格が前月と比べて21.2%上がったのが主な要因だ。

異を唱える存在は“すべて敵”か

 ガソリン価格の高騰は家計のマインドを悪化させる。米ミシガン大学が発表した4月の消費者態度指数(速報値)は47.6だった。前月の確報値から5.7ポイント悪化し、統計が始まった1952年以降の最低を更新した。

ガソリン価格は中間選挙まで高止まりか

 米国民の懐事情も厳しくなっている。

 ブルームバーグは13日、ここ1か月ほどで質入れによる資金需要が急増と報じた。低所得世帯は富裕層に比べ、総支出に占める燃料費の比率が高く、ガソリン価格上昇の影響を受けやすい。全米のガソリン平均価格は開戦前、1ガロン=3ドル未満だったが、4月に入り、4ドル台の高値で推移している。

 トランプ氏は12日、イランとの合意が成立しなかったことを受けて、米海軍によるホルムズ海峡の封鎖開始を表明した。このため、原油とガソリンの価格がさらに上昇する可能性が出ている。

 トランプ氏もさすがに事態の悪化を認めざるを得なくなっている。12日のFOXニュースで、ガソリン価格は中間選挙まで高止まりする可能性があるとの見解を示した。

 物価高の解消を信じてトランプ氏に投票した有権者はさぞや後悔していることだろう。

現実味を帯びる米国の人口減少

 生活苦が仇となって米国の人口が減少するリスクも生じている。

 ニューズウィークは11日、仕事を辞めたら外国で暮らしたいと考える米国人が過去50年で4倍以上に増えたと報じた。米モンマス大学の世論調査のデータが根拠だ。それによれば、海外移住を考える55歳以上の米国人の割合は1974年に4%だったが、2024年には17%と4倍以上になった。

 米国の生活費の水準が耐え難いレベルになっていることに加え、医療費が近年急騰しており、退職者にとって痛手となっている。

 高齢者以上に海外移住願望が強いのが、若年層(15〜44歳)の女性だ。ギャラップの昨年の調査で、40%が「機会さえあれば海外に移住したい」と回答した。

 若年女子の生活環境への不満は米国の出生率の低下も引き起こしている。米疾病対策センター(CDC)の9日の発表によれば、昨年の出生数は前年比1%減の約360万人だった。30歳未満の女性の出生率の低下が響いた形だ。CDCは育児の負担増などを要因に挙げている。

 海外の移住と若年女子の出生率低下で米国の人口減少が現実味を帯びているのだ。

度重なる暴言

 国民の不満をよそに、トランプ氏の傍若無人ぶりは一向に変わらない。近頃は暴言に国内外からの批判が相次いでいる。

 トランプ氏は5日、自身のSNSで「このクソ海峡を開けろ、狂った野郎ども。さもなくば地獄で暮らすことになるぞ!」と投稿した。

 この投稿を問題視した野党・民主党から、トランプ氏は精神健康状態の検査を受けるべきだとの批判が相次いだ。現在79歳のトランプ氏を巡り、これまで体の健康状態を疑問視する声が何度も上がっていたが、精神まで危ういとの懸念が広がってしまった。

 暴言はまだ続く。

 トランプ氏は7日、米国が定めた期限までにイランが要求に応じなければ、「今夜、1つの文明が滅び、それは二度と再興しない」と脅迫した。

 この発言に堪忍袋の緒が切れた民主党は、米国憲法修正第25条第4節を発動して大統領解任を求める声が一気に強まった。

「強制解任メカニズム」と呼ばれるこの規定では、副大統領と閣僚の過半数、または議会が設置した「その他の機関」の過半数が、大統領の職務遂行不能を宣言すれば、副大統領が職務を引き継ぐことを認めている。ただ、成立までのハードルは高く、これまで発動された前例はない。

ASEAN半分以上が「中国を選ぶ」

 トランプ氏は自身への忠誠心の高い人物で閣僚を固めているため、現時点で修正第25条による解任の可能性はほとんどないだろう。だが、米国民は政治の混乱にさらに嫌気が差すのは間違いない。

「文明消滅発言」は欧州でも波紋を呼んでいる。英国のスターマー首相は9日、トランプ氏の発言は英国の価値観に反すると主張した。

 ドイツのメルツ首相は、文明を破壊することがトランプ氏の本意ではないと擁護しつつも、和平プロセス全体を頓挫させる可能性があるとして懸念を示した。

 東南アジアでも米国の評判は低下している。

 シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所が7日に公表した調査で、東南アジア諸国連合(ASEAN)が米国と中国の選択を迫られた場合に「中国を選ぶ」と回答した割合が2年ぶりに半数を超えた。この調査は中東戦争の開始以前に実施されたものだ。現時点で調査すればその傾向がさらに強まっていることだろう。

 12日には、自身がイエス・キリストのように見えるAI画像をSNSに投稿し、物議を醸している(現在は削除)。自業自得とは言え、米国は国際的な孤立状態に陥りつつある感がある。悩める超大国の今後の動向について、引き続き高い関心をもって注視すべきだ。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。2026年3月末日で経産省を退職。

デイリー新潮編集部