古川聡宇宙飛行士がJAXA退職へ 宇宙での経験を活かし次世代の育成へ
2026年3月31日をもってJAXA(宇宙航空研究開発機構)を退職する古川聡宇宙飛行士は、退職前日の3月30日に東京都内で記者会見を開きました。27年間にわたる宇宙飛行士としての歩みを振り返りつつ、退職に至った経経緯や今後の活動への抱負を語っています。

古川聡宇宙飛行士のこれまでの歩み
1964年に神奈川県で生まれた古川さんは、向井千秋さんに次ぐ2人目の「医師の日本人宇宙飛行士」として知られています。東京大学医学部を卒業後、消化器外科の臨床や研究に従事。1999年2月にNASDA(宇宙開発事業団・当時)から、ISS(国際宇宙ステーション)に搭乗する日本人宇宙飛行士の候補者として選定されました。

古川さんの最初の宇宙飛行は、2011年6月から11月にかけて実施されたISS第28次/第29次長期滞在です。ロシアの宇宙船「Soyuz(ソユーズ)TMA-02M」でISSへ飛行した古川さんは、約5か月半の滞在期間中に「きぼう」日本実験棟での実験やISSの維持管理に加え、NASAの「スペースシャトル」最後のミッションとなった「STS-135」の支援などを実施しました。
その12年後、古川さんはNASA(アメリカ航空宇宙局)の有人宇宙飛行ミッション「Crew-7」のクルーとして、2023年8月から2024年3月にかけて実施されたISS第69次/第70次長期滞在で再び宇宙へ。アメリカ企業SpaceX(スペースX)の宇宙船「Crew Dragon(クルードラゴン)」でISSへ飛行した古川さんは、約6か月半にわたり滞在し、通算宇宙滞在時間は若田光一宇宙飛行士に次ぐ日本人歴代2位となる366日8時間34分に達しました。

JAXAを「卒業」する古川さん 次世代へのバトンタッチを実感
会見に臨んだ古川さんは、JAXAで目標としていたことは完全にやり切ったと達成感を示し、今回の退職を「卒業」と前向きに表現しました。そして、このタイミングでの退職を選んだ理由として、大きく二つの要因を挙げています。
一つは、医師としての側面からです。自身にとって2回目のISS長期滞在ミッションとなったCrew-7に関連する飛行後の医学データの取得や医学研究が完了し、大きな区切りを迎えたことを理由としています。
もう一つは、地球科学の専門家である諏訪理さんや、自身と同じく外科医出身の米田あゆさんといった、宇宙飛行経験のない後輩の宇宙飛行士たちに、自身が培ってきた知識や経験の引き継ぎが十分に完了し、次世代へのバトンタッチができたと感じたためだといいます。

医師の視点から見た宇宙飛行とは
会見のなかで古川さんは、宇宙空間での生活を医師の視点から「老化の加速モデル」と表現しました。地球への帰還直後には筋肉や関節に深刻なこわばりを感じるなど、ISSで経験する微小重力環境が身体に与える大きな負担を実感したと述べています。
その一方で、継続的なリハビリテーションを通じて身体機能が完全に回復した自身の経験をもとに、過酷な環境に対する人間の身体の高い適応能力や回復力に、改めて感銘を受けたとも語りました。

杏林大学特任教授として次世代育成に注力
JAXAを退職する古川さんは学術界へ転身し、2026年4月からは杏林大学医学部の特任教授に就任することが発表されました。今後は「宇宙」という極限環境で得た特異な経験や医学的知見を活かし、学生への教育や次世代を担う人材の育成に大きく注力していく意向です。
古川さんは、JAXAからは離れるものの、宇宙への情熱は変わらないと強調しました。今後は一人の熱烈な宇宙ファンとして、日本人宇宙飛行士が参加するアメリカ主導の有人月探査計画「Artemis(アルテミス)」など、日本のこれからの宇宙開発の挑戦を心から応援し、見守っていきたいということです。

文/ソラノサキ 編集/sorae編集部
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