物価高対策を訴える高市内閣になっても、コメ価格はなぜ下がらないのか。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「農水省は一貫して、農家の所得向上を目指しながら、農業を衰退させてきた。残念ながら高市内閣でもその方針が踏襲され、国民の食料安全保障は危機的な状況に置かれている」という――。
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2027年国際園芸博覧会(花博)」の日本政府出展起工式で、記念撮影に臨む(左から)鈴木憲和農林水産相、高市早苗首相、金子恭之=2025年11月2日、横浜市瀬谷区 - 写真=時事通信フォト

■「農家を儲けさせること」が使命なのか?

鈴木憲和農水相が任命された際、高市早苗総理から次のように言われたことを地元で明らかにした。

「あのね、稼いでね。稼げるようにしてね。稼がなきゃだめよ、稼ぐのよ! じゃあ、あとよろしく」「ガチャンと切られました。これが総理の農林水産業への思いと気持ちです」(2025年11月17日付TBS NEWS DIG)

高市総理や鈴木農水相にとって、農水省は農家を儲けさせるためにあるようだ。

同省は農業という業界の霞が関出張所のようである。かれらにとって、国民や消費者への食料の安定供給は眼中にない。これが農水省はもとより自民党だけでなく、他の政党も含めた農林族議員の本音である。

衆参両院の農林水産委員会は農業保護の必要性や重要性についてオール与党である。「米価は高ければ高いほど良い」というのがかれらの主張だ。選挙で農家票が欲しいのだ。鈴木農水相は農家が多い選挙区の山形に行って、消費者が多い東京では言えない本音が出たのだろう。

米価が低いとき農業界は対策の必要性を訴え、農水省もそれに応えるが、米価が高くて消費者が困っても農水省は「マーケットには介入しない」と平然と答える。

2001年、BSE(狂牛病)が国内で発生した際、農水省はあまりの農家寄りの姿勢を批判された。農水相だった武部勤氏は、これからは「消費者に軸足を置いた農政」に転換すると宣言した。しかし、BSEが収束すると、あっという間に元の「生産者に軸足を置いた農政」に戻った。変えようとして変えられない体質なのだ。

■本来の目的は「国民への食料供給」

「国民に食料を安価に安定的に供給してこそ農は国の本なりと言えるのだ。そうでない農は一顧の価値もない」(戦前2度も農相を務めた農政の大御所、石黒忠篤)といった農政本流の思想は失われてしまった。

古き良き農政にとっては、国民への食料供給が本来の目的で、それに役立つ限りにおいて農業を振興するのである。農業がその役割を果たせないなら、輸入を確保する。農業が繁栄しても多くの国民を餓死させるのでは、本末転倒である。

■農家を裕福にした「兼業化の進展」

1961年の農業基本法は、農業の構造改革によって農業所得の向上(農工間の所得格差の是正)を目指した。しかし、1965年以降、兼業化の進展で農家所得はサラリーマン所得を上回って推移している(図表1中、棒グラフの青が農家所得で緑が農業所得である。その差の多くは兼業収入である)。

すでに農家の所得向上を実現した1999年に作られた食料・農業・農村基本法は、食料安全保障と多面的機能の確保を目的に掲げた。農家がサラリーマンより豊かになっている以上、農家所得向上を基本法の目的とすることはできなかったのだ。

図版=筆者作成
農業所得だけでなく、給与所得を得る(兼業化する)ことで所得が上がっていることがわかる。これが農家の所得が上がっても、農業が衰退した理由。 - 図版=筆者作成

しかし、依然として、農林族議員、農水省、JA農協の農政トライアングルの本音が農家所得向上であることは間違いない。農産物の輸出振興も、はっきりと農業(家)所得向上を謳っている。食料安全保障と多面的機能の確保という建前も、農業保護の維持・確保、農家所得向上を目的とした方便に過ぎない。

■農家所得は向上したのに農業は衰退した

減反は食料安全保障に必要な水田(農地)を潰してきた。また、水資源の涵養とか洪水防止という多面的機能も、水田を水田として利用するからこそ発揮できるのに、水田を水田として利用しないことに補助金を出す減反を50年も続けてきた。

経済学からすると、本来なら食料安全保障や多面的機能というプラスの外部経済効果を助長するような政策を行うべきなのに、それを破壊する政策を行ってきたのだ。

誰のためか?

零細兼業農家の維持とその巨額の兼業所得を預金として活用するJA農協のためである。表の看板と実際の政策が矛盾しているのだ。羊頭狗肉と言ってよい。

食料供給に欠かせない農地資源は宅地等への転用や耕作放棄で大量になくなっている。これは中国地方の総面積を上回る規模の農地破壊である。条件の悪い中山間地域の耕作放棄がよく報道されるが、食料安全保障から問題なのは平場の優良農地が転用でなくなっていることだ。これで農家は莫大な利益を得た。それを預金としてウォールストリートで活用したJA農協の隆盛をもたらした。農家とJA農協が日本農業を破壊し食料安全保障を危うくしたのだ。

ただし、今回のように、総理や農水相がこれほどあからさまに本音を語るのは珍しい。農家を儲けさせるのが政権の目的なら、コメの値段は高いほど良い。これを下げることは、とんでもないことになる。

写真=iStock.com/XIA JIN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/XIA JIN

■農政こそ「存立危機事態」

高市総理と鈴木農水相は、某国の海上封鎖によってシーレーンが破壊され食料輸入が途絶した場合に、どちらを選択するのだろうか。

【第一の政策】

いままで通りの減反・高米価政策を続ける。零細な農家は引き続き耕作を続ける。農業だけで生計を立てる主業農家の規模は拡大しないので、コメ農業は非効率なままである。減反を強化すれば米価はもっと上がる。減反でコメ生産は減少するが、農家戸数は減らない。票田は維持できる。しかし、現状でも食料自給率は38%で700万トンのコメの生産しかない。戦時中はコメ2合3勺の配給だったが、これでも国民は必要なカロリーの半分しか消費できなかった。しかし、700万トンのコメしかないのでは、2合3勺の配給に必要な1600万トンの半分しか供給できない。半年経たないうちに全ての国民は餓死する。

【第二の政策】

減反を廃止した。米価が下がったので、多数の零細兼業農家は農業をやめた。主業農家に限定した直接支払いの交付で農地は規模の大きい主業農家に集積した。減反で抑制されてきた面積当たりの収量は2倍近く増加した。コストは下がり国際競争力は向上した。農家戸数は175万戸から30万戸程度に減った。他方で、コメの生産は今の700万トンから1700万トンに増えた。2合3勺の配給に十分なだけの量はある。小麦や大豆の国産の生産振興に使っていた2300億円の予算を使って小麦を600万トン輸入して備蓄している。これは一年間の小麦消費量に相当する。これらによって、少なくとも1年間、国民は餓死しなくてすむ。

高市総理と鈴木農水相が推進するのは第一の政策だ。

これは亡国の政策と言わざるをえない。中国の台湾侵攻の前に、農政こそが「存立危機事態」なのだ。これで高市氏は保守政治家と言えるのだろうか?

■農業について学んでほしい

国民が農業を知らないことが、農業保護を増やしたいと考える人たちに利用される。1960年以降の高度成長は、日本の農業、農家、農村をドラスティックに変えたのに、それらから遠く隔たってしまった我々は、その実態を知らない。

国民は小さな農家は貧しくてかわいそうだと思っている。マスコミも同じである。しかし、都府県の平均規模の1ヘクタール規模のコメ農家の多くは、主な職業がサラリーマンの兼業農家で週末だけコメ作を行っている。今は年間30日も働いていない。

かれらはヨーロッパではパートタイムファーマーと呼ばれ、フランスでは農政の対象ですらない。機械化の進展でコメは簡単に作れる作物になった。このような人たちを保護する必要があるのだろうか?

写真=iStock.com/Irina Velichkina
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■農政トライアングルに騙されるな

農家の所得は平均的な国民所得を上回る。

畜産では年間所得が4000万円を超える農家もある。農村でも農家は少数派となり、7割の農業集落で農家比率は3割を切っている。しかし、スーツを着たサラリーマンは昼間農村にいないので、農村に行ってもその実態は分からない。

『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)

小規模兼業農家はコメ作に依存していないどころか、もう何十年も規模の小さいコメ作は赤字である。米価が高いので、町で高いコメを買うよりも赤字でもコメを作る方がまだ安上がりなので、農業を続けているだけだ。米価が下がれば、これらの農家はコメ農業から退出して主業農家に農地は集積するはずだったが、高米価・減反政策により実現できなかった。

農家の7割ほどがコメを作っているが、農業生産額に占めるコメの割合は16%に過ぎない。農政によってコメだけに多くの非効率な農家が滞留してしまった。

畜産はコメの20分の1の数の農家で2倍の生産額をあげている。農家戸数を維持したい農業界はコメ農家の減少によってコメの供給が少なくなると主張する。大きな間違いである。コメの供給を心配するなら、なぜ減反でコメの供給を減らすのだ。コメ農家戸数は減ってきたが、まだ多すぎる。

必要な政策は、減反を廃止して、コメ農家を減らすことだ。

■気の毒なのは主業農家

米価はコストを賄えないと農業界は主張するが、それは小さな規模の農家のことだ。戸数では多数の5ヘクタール未満のコメ農家の時給はマイナス470円だが、供給量の太宗を占める15ヘクタール以上層の時給は2000円を超える。米価が高騰する前の2018年でも30ヘクタール規模の農家なら1600万円の所得を上げている。小さな農家が赤字でもコメ作りをやめないところに日本のコメ農業の問題がある。かわいそうなのは、彼らがコメ農業に残留することで農地を集めて規模拡大できない主業農家の人たちだ。

次の2018年のコメ生産費の図(図表2)から、最大規模の階層の生産費は最小の階層の半分か3倍分の1である(アバウトに言うと、全算入生産費には通常の費用に所得に当たる家族労働費が含まれている、物財費は機械、肥料、農薬代など実際にかかった費用である)。最小規模の階層の農家はコメの生産量ではわずかな割合しかないが、戸数では多数だ。これらの階層の多くは兼業農家や年金生活者であり、その兼業や年金収入がJA農協に預金された。

農家は規模の大小によって、コストも収益も、全く異なる。メジャーリーグの選手とリトルリーグの選手がいるようなものだ。これをコメ農家と括ってしまうことは間違いだ。このような中で平均値は全く意味を持たない。しかし、マスコミが焦点を当てるのは、かれらがかわいそうだと思いこんでいる規模の小さい兼業農家である。

図版=筆者作成
出所=農林水産省「農業経営統計調査」より筆者作成。注=所得(左目盛り、単位:千円)および生産費(右目盛り、単位:円)は、米価が安定していた2018年のものを使用 - 図版=筆者作成

■空前の「コメバブル」が起きている

農水省「2024年米生産費調査」を基に、概算金が現在の3万円の時に、階層別のコメ農家所得を試算したものが図表3である。

計算方法は次のとおりである。米生産費調査によると、所得=粗収益−{生産費総額−(家族労働費+自己資本利子+自作地地代)}ただし、生産費総額=費用合計+支払利子+支払地代+自己資本利子+自作地地代。ここから、60キログラム当たりの所得は、{概算金3万円−(費用合計+支払利子+支払地代)+家族労働費}となる。それに階層ごとの平均の10アール当たりの収量(米生産費調査による)と規模(5〜10ヘクタールだと7.5ヘクタール、50ヘクタール以上は60ヘクタールとする)を乗じれば、各階層の純所得を得る。

結果は、0.5ヘクタール未満26万円、0.5〜1ヘクタール95万円、1〜3ヘクタール299万円、3〜5ヘクタール638万円、5〜10ヘクタール1300万円、10〜20ヘクタール2300万円、15〜20ヘクタール3400万円、20〜30ヘクタール4700万円、30〜50ヘクタール7300万円、50ヘクタール以上1億500万円となった。概算金が3万3000円なら50ヘクタール以上の階層の純所得は1億2000万円となる。

繰り返すが、今のようなバブルでなくても農家は貧しくない。農家だから貧しいという状況は1960年代半ばに終わった。貧しい国民が豊かな農家を高米価と補助金で支えている。

農業の既得権者が推進する農家所得向上の農政から、国民への食料供給を実現する農政に戻すべきだ。

図版=筆者提供

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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)