プロ注目の常藤。ハイスペックなSBでCBもこなす。写真:安藤隆人

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 近年、サイドバックに求められる要素は確実に増えている。以前は守備力があるか、もしくは攻撃力があるかが1つの指標だった。だが、今は攻撃参加やチャンスメイクをこなし、守備もできて、かつビルドアップに加わり、空中戦も強いサイズのある選手と、すべての要素を持っていないと上のステージでは戦えないほど、求められているものが圧倒的に増えたポジションと言えよう。

 そのなかで中央大学の右サイドバック常藤奏は、これらの能力を兼ね揃えたタレントで、多くのJ1クラブが激しい争奪戦を繰り広げていると噂されている。

 183センチ、78キロ。サイドバックとしては大きなサイズを誇る彼を最初に見た時は、対人や空中戦の強さに加え、鋭い読みからのインターセプトや精度の高い縦パス、フィードを繰り出す万能型センターバックだった。

 広島県出身で、FCバイエルンツネイシU-15時代は突破力とシュートセンスを武器にしたウイングをやっていた。「競争が激しいチームで、寮生活もしたかった」と、大阪の興國高へ進学すると、その運動能力を買われて最初はサイドバックにコンバートされたが、1年の途中で守備力と足もとの技術を評価されてセンターバックへとポジションを移した。

 高校3年生になると、迫力のある空中戦、対人の強さなどセンターバックとして守備のクオリティが向上する一方で、学校生活では生徒会長を務めるなど強烈なリーダーシップも併せ持ち、最終ラインのバランスを見てポジショニングができるパワフルかつクールなセンターバックとして頭角を現していった。

 多くの大学から誘いがあるなかで、関東の強豪・中央大へ進学すると、関東大学サッカーリーグ1部の開幕戦でいきなりスタメン出場。その後はベンチスタートが多くなったが、リーグ終盤ではレギュラーを奪い返してみせた。
 
 そこから急激な成長曲線を描いていくのだが、このきっかけは本人も驚くほどの劇的な変化にあった。

 それは「急激に足が速くなったんです」と口にしたように、それまでは売りとしていなかったスピードが代名詞の1つになったことで、サイドバックとしての未来は一気に開かれたのだった。

「原因は分からないのですが、1年生でデンソーカップチャレンジ(2024年3月)の関東B選抜に選ばれて、サイドバックをやったあたりから急激にスピードが出てきて、その大会で僕の印象が『足が速いキャラ』に変わっていたんです」

 なぜそうなったのか。その理由を高校時代の恩師である内野智章(現・奈良クラブU-18監督・テクニカルダイレクー)が明らかにしてくれた。

「常藤は、中学時代はスピードスター系のウイングだったのですが、高校に入ると170センチだった身長が181センチまで伸びていく過程で、ずっと武器にしていたアジリティが落ちてしまったんです。でも、スピードが落ちたというより、身長の伸びで身体操作が追いついていないだけだったので、身長の伸びが止まって、身体ができてきたらスピードは戻ってくるからこそ、その間に課題であるビルドアップやボールの持ち出し、戦術的な動きなどを植え付けるためにセンターバックとして起用していました。

 実際に徐々に身長伸びが落ち着いてくると、徐々にアジリティが戻ってきたので、卒業時には『センターバックだったらJリーガー止まりになるかもしれないけど、サイドバックなら世界を狙えるぞ』と伝えました」

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 この話を聞いて、高校時代と大学時代の常藤を見て納得する部分が多かった。興國高時代、センターバックでコンビを組んでいた西川楓人(流通経済大)がディフェンスリーダーを務め、ラインコントロールやビルドアップの起点となりながら、積極的な前への飛び出しを強みとしており、常藤はどちらかというと西川のカバーリングやサポートをしながら、全体のバランスを整える役割を担っていた印象を受けた。

 全体を見る目やスペースを見極め、そこを埋めたり、あえて空けておいてから入っていったりと、戦術眼と状況判断能力、そして細かい技術を身につけていった。大学に入ってからも引き続きセンターバックとしてプレーし、学年が上がるにつれて高校時代に西川がやっていた役割を自分がこなすようになり、さらに全体的な技術レベルとインテリジェンスが向上した。

 そこに身長の伸びが止まり、フィジカルが伴ってきたことで、武器だったアジリティが復活し、「急に速くなった」という感覚を覚えたのだった。

 加えて、ただ昔のアジリティが戻っただけでなく、そのスピードの中でこなせることが一気に広がった。足の速さだけではなく、考えるスピードもワンランクもツーランクも上がったことで、より速くなったという感触に繋がったのだ。

 昨年は中央大ではセンターバック、デンソーカップチャレンジなどの選抜では右サイドバックでプレー。今年3月の第24回大学日韓定期戦では右サイドバックで出場し、終盤に左からのクロスを右からトップスピードで飛び込んで、豪快かつ鮮やかなワントラップシュートを突き刺して決勝弾を呼び込んでみせた。
 
 今季は中央大でも右サイドバックをメインとしながらも、時折センターバックに入ってディフェンスリーダーとして全体を統率するマルチロールとなっている。

「僕はサイズがある方ではないので、プロで勝負するのはサイドバックがいいと思っていますが、チーム事情でセンターバックをやるのはポジティブで、センターバックをやっている時にサイドバックの立ち位置から逆算してポジションを取るなど、思考などがリンクするんです。さらに僕がセンターバックをやる時は、右サイドバックに1学年下の西岡隼平(興國の後輩でもある)が入るのですが、前への推進力やタイミングは参考になっています」

 学ぶ姿勢も感性も鋭い常藤のもとには前述した通り、多くのJ1クラブが興味を示しているようだ。その数は今年の始めより増えており、日に日に周りが騒がしくなっていくなかでも、彼は平常心を崩さない。

「まずは自分の価値を高めたいです。もっと数字を残せる選手になりたいですし、その一方で僕はあくまでも選手なので、監督に求められることを、求められたポジションでやるだけなので、そこは一切ブレないでやっていきたいです」

 興國高から中央大を経て、世界に飛び立っていった選手と言えば、古橋亨梧がいる。彼に続かんとする高性能サイドバックから決して目を離してはいけない。

取材・文●安藤隆人(サッカージャーナリスト)