(※写真はイメージです/PIXTA)

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賃貸か購入か。永遠のテーマともいえますが、家を買う場合もそのタイミングは人それぞれ。中には50代以降で購入を決意する人もいるでしょう。しかし、50代といえば現役時代の終わりが見えてくる年齢でもあります。そのため、綿密に計画を立てないと、場合によっては老後破産に追い込まれるケースも。今回は、CFPなどの資格を持つトータルマネーコンサルタントの新井智美さんが、50代でマイホームを購入した男性が直面した危機をご紹介します。

50代で脱・転勤族…夢のマイホームを購入したい!

中村義男さん(仮名)は全国に支社がある会社に勤めており、これまでも何回も転勤を繰り返していました。子どもが義務教育のあいだは家族とともに引っ越していましたが、さすがに高校生になるとそうはいかず、義男さんはしばらくの間、単身赴任で暮らしていたそうです。

転勤が多いため、2歳年下の奥さんは子どもが生まれたことをきっかけに勤めていた会社を退職。その後、子育てに手がかからなくなってからは扶養内でパートで働いていました。しかし、50歳を過ぎてからは子どもも独立したこともあり、義男さんの給与収入のみで生活することにしました。

老後のことを考えてマイホームを持ちたいと長年考えていましたが、転勤がある間は叶わぬ夢でした。しかし、義男さんが53歳になったときに、さすがにもう転勤はないと判断し、念願のマイホームを購入することにしたのです。

戸建てかマンションか悩みましたが、老後のことを考えると、上下の動線がないマンションのほうが便利だと思い、マンションを購入することに。

義男さんの年収はその当時1,300万円くらいでしたが、当初は6,000万円以下の物件を探していました。それは、家を購入する際の目安として、年収の5倍程度が限界だという記事をみたからです。

ただ、住宅ローンを利用するにあたり、いろいろな金融機関のホームページをみてみると、「完済時年齢が満80歳未満」としているところが多く、53歳の義男さんは27年間で返済しなければなりません。

仮に金利1%で5,000万円のマンションをフルローンで購入した場合、返済額は毎月約17万円。管理費や修繕積立金、固定資産税の支払いを考えると、このあたりが上限なのではと考え直しました。

親から相続した賃貸物件からの賃料収入を返済に

53歳当時、義男さんには800万円程度の貯蓄があり、60歳になれば2,000万円程度の退職金の受け取りが見込まれていました。

ただし、年収1,300万円がずっと続くわけではありません。義男さんは65歳まで働くことを考えていましたが、60歳以降は雇用形態の変化で収入が半分程度になることが決まっていました。もちろん65歳を過ぎれば年金暮らしになります。

義男さん自身、そうしたことを考慮して家を買わなくてはならないと考えていました。しかし、義男さんには一般的な会社員にはない隠し玉があったのです。

それは「賃料収入」です。義男さんは2年前に父親を亡くしており、その際に賃貸アパートを1棟相続していました。単身用の古いアパートですが、家賃収入が毎月30万円入るため、その一部をローンの返済にあてることができると考えていました。

家を購入する直前には、ファイナンシャル・プランナーにも相談。その際には賃料収入があること、それをローンの返済にあてることを考えていることも伝えていました。

しかし、ファイナンシャル・プランナーからは、ずっと毎月30万円の賃料収入が今後継続するとは限らないことや、賃貸物件にかかる修繕費などを前提に、「賃料収入がなくても何とかなる、余裕を持った返済プランを立てること」などのアドバイスを受けました。

確かにそうしたほうが安心です。しかし、その時の義男さんは、アパートには長く入居している人が多く、当分この状態が続くように思えたのです。

最終的にちょうど4,500万円のマンションが見つかり、フルローンを組むことにした義男さん。4,500万円で金利1%、27年間の借り入れだと毎月の返済額は約16万円です。将来的に会社をリタイアしても、夫婦2人の年金や賃料収入、退職金や貯金などがあれば払えない金額ではない。そう計算していました。

当初6,000万円までと考えていたことを考えれば、ファイナンシャル・プランナーの助言からは大きく外れない「余裕を持った返済プラン」にできたと考えた義男さん。

しかし、実際にはそうはならなかったのです。

無理のない返済計画のはずが…想定外だった「入居者の死」

マンションを購入した義男さんは、60歳を過ぎて収入が減っても、賃料収入でカバーするなどして問題なく返済を行っていました。

しかし、マンションを購入して15年ほどたったある日、想定外の事態が起きます。アパートを貸していた住人が孤独死してしまったのです。高齢で身寄りのない人だったため、発見されるまでに数日経過していました。

当然、部屋の掃除や消毒、遺品の片付けなどの費用は連帯保証人が支払うことになっていますが、亡くなった人は子どもを連帯保証人としていたものの相続が放棄されたため、義男さんが支払うことに。原状回復までにかかる費用が320万円もかかるなど、予想外の費用がかかる事態になってしまったのです。

さらに、孤独死があった物件ということで、その部屋への入居希望者は現れません。そればかりか、他の物件に引っ越す人もでてくるようになり、毎月30万円あった家賃収入は一気に10万円に減ってしまいました。

65歳から年金生活となり、年金収入は夫婦合わせて月25万円です。マンションのローンを返済すると残りは9万円。それに家賃収入10万円を加えた19万円で生活していかなければなりません。

そして、その後も賃貸物件の修繕費や購入したマンションの管理費の値上げなどが続きました。そうした出費をカバーするため、65歳時点では貯蓄1,000万円と退職金の2,000万円合わせて3,000万円あったものの、それを切り崩しながら生活していくことに。最終的には総資産額が1,000万円程度にまで減少していったのです。

修繕費や管理費のさらなる値上げなどが予想されることからも、70歳を過ぎたあたりで、義男さんはマンションを売却して残りの住宅ローンを返済し、自分が保有している賃貸アパートで暮らすことを決意しました。

そうすれば、なんとか生活はしていけるだろう。そう思っていましたが、それもうまくはいきませんでした。マンションは築20年以上経っているため、思ったような金額では売れず、ローンが残ることになってしまったのです。

そのため、貯蓄から残債を返済しなければならなくなり、貯金残高は200万円まで減ってしまいました。ローンの返済は逃れたものの、貯金の200万円が近いうちに底をつくことは目に見えています。

53歳での購入時には問題なく支払えると思っていた住宅ローンの返済が、70歳を過ぎた義男さんを追い詰めていったのです。

50代の住宅購入は無理のない返済計画が重要

賃貸物件は老朽化するほど修繕費もかかりますし、新たな入居希望者も少なくなります。親から受け継いだ財産がこのような結果になるとは思わなかった義男さん。

経済的なピンチに陥った義男さんは、最終的には賃貸物件も売却し、それで得たお金で生活を続けなければならないと考えるようになりました。そうすることで固定資産税の負担からも逃れられます。

そして現在、賃貸物件を売却するために不動産会社と相談しています。しかし、建物が老朽化しているため、更地にしてから売却することを求められ、なかなか買い手がつかない状態です。

不動産会社の担当者からは、更地にする費用を買い主に負担してもらうことを条件に土地の売却価格を下げる方法もあるとのアドバイスももらっています。

悩んだ末、義男さんはその方向で話を進め、賃貸物件の売却益を得ることで少しでも老後生活費用の足しになるように考えています。

義男さんのミスは、賃料収入を返済のあてにしていたことと、ファイナンシャル・プランナーの「余裕を持った返済計画を」というアドバイスを軽んじていたこと、さらに賃貸物件の管理を甘くみていたことです。

つまり、賃貸収入があるからなんとかなるだろうという考えの甘さが引き起こしたともいえるでしょう。

50代で家を購入するにあたっては、老後の収入は年金が主になるため、その中でローン返済できるかをまず考えることが大切です。

新井智美
トータルマネーコンサルタント
CFP