<余命半年の義母>【後編】「孫にランドセルを買ってあげたい」願い。じつは別の意味があるかも!?
義母が買いたいなら、買わせてあげたらいいじゃない
『義母はランドセルを買うことが目的なら、その後は使おうが使うまいが、そこは娘さんの好きにさせてあげたらいいじゃない。たとえ買ってもらっても、娘さんが「使いたくない」と言うなら使わなければいいんだし。「ほかのランドセルがいい」ってなったらそのときは娘優先でまた買えばいいでしょ』
『お金は義母が出してくれるなら、とりあえずの物を選んでおいて、後日改めて娘が本当に欲しいものを投稿者さんが買ってあげればいいと思う。余命宣告された側の気持ちを考えたら、やっぱり願いは叶えてあげたいよ。義母さんにランドセル姿見せてあげたらいいじゃない』
「ランドセルは娘さん自身が選ぶべき」との考えがあがる一方で、「余命宣告された義母の願いを叶えてあげたら?」というコメントも。義母にランドセルを買ってもらったからといって、娘さんが絶対にそのランドセルを使い続けなければいけないわけでもありません。投稿者さんのタイミングで、後からもう1つ買ってあげてもいいですよね。
義父や旦那さんたちから催促されるのは、嫌だよね
『義家族がせっついてくるから余計に、投稿者さんは買ってもらいたくないんだろうね。「親孝行に嫁と孫を利用するな」って思うわね』
『投稿者さんがモヤモヤしてるのは、義父や旦那さんがうるさいのもあるかもね』
義母の「ランドセルを買ってあげたい」という希望に難色を示している投稿者さん。しかしそれは義父や旦那さんたちの態度も原因なのでは? と鋭い指摘も寄せられました。もし義父たちが「申し訳ないけど、最後のワガママだと思って通してやってくれないか」と説得したり、旦那さんが「うちの母さんがごめんな。とりあえず買うだけ買わせてやってくれないかな」と、思いやりのある言い方をしてくれたりしたらどうでしょう。多少思うところはあっても、投稿者さんにも「いいですよ」と譲る気持ちが生まれたかもしれません。しかし「母さんの言う通りにしろ!」「早く買わせろ!」と一方的に催促されては、嫌な気持ちになってしまいますよね。
もし余命宣告されたのが、実母だったら……?
さてここで「今の状況を違う方向から見てみては?」というアドバイスが寄せられました。
『もし余命わずかな実母の願いだったら、叶えてあげたいって思うでしょ』
『自分の母親の願いだったらどう? 私はすぐにでも叶えてあげたいよ。少しでも元気なうちにね』
もし余命宣告をされたのが実母だったらどうでしょうか。「私が元気なうちに、孫にランドセルを買ってあげたいのよ」と言われたら……できる限り叶えてあげたいと思うものかもしれません。それならば旦那さんは今、実際に「可能な限り願望を叶えてあげたい」と考えているのではないでしょうか。そう考えてみると、旦那さんの気持ちも理解できますよね。
義母の言葉には、もう少し深い意味が隠れてるのかも
『義母は買ったら満足なの? 一緒に選びたいとか、ランドセルを買う時期まで生きたいとか、そういうことじゃないの? 「早く買え」とせっついてくる義父や旦那さんたちがおかしいと思う』
『義父たちが勝手に盛り上がってるだけじゃないの? 義母は「孫のランドセルを買ってあげたい! だからそれまで生きる!」って思ってるのかもよ』
「孫のランドセルを買ってあげたい」と話した義母。しかしひょっとしたらそれは、「孫のランドセルを買ってあげられる時期まで元気でいたい」という意味なのかもしれません。「孫が気に入ったランドセルを買ってあげて、それを背負って入学する姿をこの目で見たい……」という切実な願いが込められたリストだったのかもしれませんね。
余命半年と診断された義母から飛び出した、「孫のランドセルを買いたい」という願望。もしからしたらそのひと言には、「孫の成長をできるだけ長く見たい」という気持ちが込められていたのかもしれません。義母の気持ちを今一度聞いてみて、みんなが納得のいく選択ができたらいいですね。
文・motte 編集・みやび イラスト・んぎまむ
