鳥貴族は2017年8月、全品280円から298円に値上げした。その後、既存店舗の売上減で苦しんでいる。一方、QBハウスは、2019年2月に1080円から1200円に値上げしたが、客離れは少なく売上は増えた。両者の明暗を分けたものは何か。マーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏が解説する--。

※本稿は、永井孝尚『売ってはいけない 売らなくても儲かる仕組みを科学する』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

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■「安さ」で勝ち続けるのはとても難しい

会社員を続けながら、都内に居酒屋を開業した人がいる。しかし店は赤字続き。会社の給料をつぎ込むが、貯金も底を突いた。ついにサラ金からお金を借りることに。退路が断たれると、冷静に状況を見ることができた。

店のメニューは豊富だが、安くするため味を妥協していて美味(おい)しくない。廃棄食材も多い。よく考えてみると儲からないのは当たり前だった。そこで「美味(うま)い料理で高くお金を取ろう」と方針転換すると、客足が戻ってきた。売上は伸び続け、サラ金の借金は返済。その後のビジネスは順調だ。

永井孝尚『売ってはいけない 売らなくても儲かる仕組みを科学する』(PHP新書)

「低価格戦略」と「高価格戦略」のどちらを選ぶか、悩む人は多い。もし迷うのならば、選ぶべきは「高価格戦略」だ。世界的な価格戦略の第一人者であるハーマン・サイモンは、著書『価格の掟』でこう言っている。

「低価格と大量販売で成功できるのは、ほとんどの業界で1〜2社に限られている」

サイモンは著書で、様々(さまざま)な業界で調査すると、高価格戦略で成功した企業のほうが、低価格戦略で成功し続けている企業よりも多いという結果も紹介している。

低価格戦略で成功し続けることは、とても難しいのだ。まず、ライバルより低コストにする必要がある。ある程度の品質も両立させなければいけない。この段階で工夫がいる。先ほどの居酒屋は、中途半端な低価格戦略に早々に見切りをつけ、高価格戦略に切り替えて成功したのである。

■低価格戦略の明暗が分かれた「鳥貴族」と「QBハウス

低価格戦略で成功したとしても、安心できない。低価格戦略で成功し続けるのは、さらに難しいのだ。

たとえば、居酒屋「鳥貴族」。全品280円というわかりやすい低価格で成長した。2017年10月に、28年ぶりに価格改定し、全品6%値上げで298円とした。たった6%の値上げだったが、既存店の売上高・客数ともに前年比で減り続けている。(以上、鳥貴族IR情報より)。

低価格戦略で成功し続けてきた鳥貴族は、酒税引き上げや原材料価格の上昇への対応、さらに従業員の待遇改善も急務だったので、値上げせざるを得なかった。しかし一方で、店舗数を急拡大したために自社店舗同士で競合が起こり、さらに、スタッフ育成が間に合わないという大きな問題も抱えていた。このタイミングに、運悪く値上げによる客離れも加わり、低迷に苦しんでいる。鳥貴族は298円の新価格を軌道に乗せるべく、サービス向上を図っている。

一方で低価格戦略を取りながら、値上げしても客が離れなかったケースもある。2019年2月、ヘアカット専門店・QBハウスは、1080円から1200円へ11%も値上げした。値上げ後の既存店売上は、値上げした2月は+9.6%。翌月3月は+9.9%。ほぼ値上げ分だけ売上が増えている。客離れは6%の予想だったが、2%に留(とど)まった(以上、QBネットIR情報より)。

■「10分でカットできる」チェーンは他になかった

鳥貴族が6%値上げで客離れして、QBハウスが11%値上げで客離れがない理由は何か?

QBハウスに行く顧客は、低価格だけでなく「10分でカットできる」という点にも価値を感じている。そして業界の散髪料金が3000円のなか、大手理髪チェーンではQBハウス以外にこの価格帯の理髪店はない。だから11%も値上げしても、意外と客離れが少なかったのである。

鳥貴族は、低価格焼き鳥店が数多くあり、競争が激しい状況下での値上げだった。加えて自社店舗同士の競合や、スタッフのスキルの低下も重なった。だから客が離れたのである。

これらの低価格戦略を取る企業から学べることは、低価格戦略を継続する難しさだ。低価格戦略を打ち出しても、コスト増などの様々な要因で、いずれ価格をアップせざるを得なくなる可能性は高い。QBハウスは、他に大きな競合がいなかったために、値上げしても客離れは少なかった。しかし、長い期間で見ると、業界の競争は激しくなっていくだろう。

鳥貴族は当初、全品250円だった。1989年の消費税導入の時に280円に値上げした。この時は客離れが少なかったという。競合する低価格焼き鳥店がほとんどなかったからだ。しかし、2017年は競合が激しくなっていた。市場の競争が激しいタイミングで値上げをすると、顧客は一気に離れてしまうのだ。

■「高く売る」より「安く売る」ほうが成功しづらい

高価格戦略では、様々な「顧客が買う理由」を編み出すことができる。

ある部品メーカーは、他社と同じ部品を作っているにもかかわらず、「即日納期」を売りにすることで、他社の数倍の価格でも短納期を求めるメーカーの注文が殺到している。

DG TAKANOという町工場が開発した節水ノズル「バブル90」は、蛇口に取り付けると最大95%を節水して洗浄ができる。ある居酒屋が店の蛇口に付けたところ、1カ月17万円だった水道料金が6万円台にまで下がった。店の水道料金を見た大家さんが「売上が激減しているのでは」と心配したほどだったという。価格は数万円だが、2018年の販売数は4万個。高くても短期間でコスト回収できるので、皿洗いで水を大量に使用する飲食店を中心に売れているのだ。さらにDG TAKANOは、独自の新規事業開発のノウハウを活かし、課題解決型のコンサルティングも提供するなど、事業を拡げている。

高価格戦略を選べば、価格に囚(とら)われずに、様々な打ち手が可能だ。しかし低価格戦略を選んだ途端に、あらゆる打ち手は「低価格」という前提条件で制約されてしまうのだ。

「高く売る」という高価格戦略は、一見すると難しそうに見える。

しかし実際には、低価格戦略で成功し続けるほうが、はるかに難しいのである。

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永井 孝尚(ながい・たかひさ)
マーケティング戦略コンサルタント
1984年に慶應義塾大学工学部(現・理工学部)を卒業後、日本IBMに入社。マーケティングマネージャー、人材育成責任者として同社ソフトウェア事業の成長を支える。2013年に日本IBMを退社後、ウォンツアンドバリュー株式会社を設立して代表に就任。執筆の傍ら、幅広い企業や団体に新規事業開発支援を行う一方、毎年2000人以上に講演や研修を提供しマーケティング戦略の面白さを伝え続けている。さらに仕事で役立つ経営戦略を学ぶための「永井塾」を毎月主宰。主な著書にシリーズ60万部『100円のコーラを1000円で売る方法』、7万部『世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた』(以上、KADOKAWA)、10万部『これ、いったいどうやったら売れるんですか?』(SB新書)。最新著書は『売ってはいけない』(PHP新書)。永井孝尚オフィシャルサイト
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(マーケティング戦略コンサルタント 永井 孝尚)