都内のサマンサタバサの店舗


(角田 貴広:編集者・ライター)

 サマンサタバサジャパンリミテッド(以下、サマンサタバサ)の創業者として長年代表を務めてきた寺田和正社長が2019年4月に退任した。寺田元社長は業績低迷による辞任という見方を否定したが、販売の落ち込みによる経営不振に苦しんできたことは事実だ。

 同社および寺田元社長とも交流があり、これまでファッション業界のソーシャルメディア戦略を数多く手掛けてきたナカヤマン。は、経営不振の要因の1つとして、同社が得意とするプロモーション施策の効果が薄れてきたことを感じたという。

Naka _yamaN(ナカヤマン。)
アーティスト/ クリエイター/ ストラテジスト/ 5cream1ouder Los Angeles Inc. CEO
 ダウンタウン・ロサンゼルスと京都を拠点にするアーティスト、クリエイター、ストラテジスト。ファッション領域に特化したデジタル・エージェンシー『ドレスイング』の代表を2007年設立から十年に渡り務める。ソーシャルメディアを活用したバイラルクリエイション、コンテンツマーケティングの事例で認知を獲得し、ルイ・ヴィトン、グッチ、ディオール、シャネルなどラグジュアリーブランドと活動。
 2017年、ロサンゼルスに5cream1ouder Inc.を設立、海外での活動を本格化。米国法人設立後のファーストシーズンでCOACHの米国本国、日本、中国向けのデジタルコンテンツを手掛ける。2019年にはブルックリン在住のアーティスト、ファンタジスタ歌磨呂とクリエイティブユニットを結成。作品第一弾としてアーティスト、きゃりーぱみゅぱみゅのMVを監督した。


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“強い必殺技”を持ちすぎた

 サマンサタバサといえば、2002年にヒルトン姉妹をイメージモデルに起用し、その後もビヨンセや蛯原友里などを登用した、いわゆる“スターセレブによるプロモーション”が有名。2017年には“サマンサ・ミレニアル・スターズ”の名で、システィーン・スタローンやロッティ・モス、サラ・シュナイダーらミレニアル世代の注目セレブをミューズとして起用したことも話題となった。

 しかし、その手法が通じなくなってきた。ナカヤマン。はファッション業界のプロモーションのスキームが変わってきたことを指摘する。

「サマンサタバサはこれまでのスキームを維持しながら、中に置くコンテンツを変えてアジャストしようとしてきたように見えます。つまり、出演者を定期的にリニューアルしてきたわけですが、ビヨンセの時代とサラ・シュナイダーの時代ではメディア全体の市場背景が違う。出演者を変えるにも、次のスターセレブは生まれない、グループ編成で複数人を足し上げても同じ効果が出ない、という苦悩が裏にあったことでしょう」

「それはある意味、“強い必殺技”を持ちすぎたがゆえ変化の時期を逸したとも言えます。それくらいサマンサタバサのプロモーションはすごかった。今となってはチャネルとコンテンツ、両方の見直しをしなければ、時代との乖離は取り返せません」

 一方でナカヤマン。は「15年以上もスターセレブの起用によって安定したブランディングとビジネスを維持する必殺技を編み出したこと自体、驚くべき成功です。しかし、全ての施策には寿命はあります。ぜひとも体力があるうちに、次の定番になりうる施策を編み出してほしいと思います」とエールを送る。

スキームごと変えざるをえない

 ナカヤマン。はこう続ける。

「石原裕次郎や美空ひばりといった昭和のスーパースターが活躍した時代には、ほんの一握りの人びとに地位や名誉、そして収益が集まっていた。しかし、ソーシャルメディアの市場浸透により始まったインフルエンサー時代では、大小様々なインフルエンサーがセグメントごとに登場しました。ソーシャルメディアがもたらしたのはスターの民主化であり、地位と名誉と収益の分配であったとも言えます」

 スターの地位と名誉と収益の分配は、スターの裏側や仕組みすら分配されてしまうことに等しい。

「かつては“アイドルはトイレに行かない”というファンタジーが、スターの株価を押し上げていたとも言えます。しかし、そのファンタジーはもはや消え去りました。見えないからこそ生まれていた熱量は二度と戻らない。ここまでの変化と欠損が存在する以上、時代のアイコンと深くリンクするプロモーションビジネスは、必然的にスキームごと変えざるを得ない」

時代に最適化した施策はスクラッチで作られる

 ナカヤマン。は、自らの主戦場であるラグジュアリーファッションの世界を例に挙げ“スクラッチ”という選択肢を提示した。

「ファッションブランドの特徴的なプロモーションといえば、ファッションショーでしょう。オートクチュール主体で顧客に洋服を売る時代には、ショーのフロントロウ(最前列)には当然、顧客が座っていました。量産の時代になると、有名ファッション誌の編集長をフロントロウに座らせた。量産した洋服を売るためにはファッション誌という触媒に情報伝達と拡散を担ってもらう必要があるからです。現在はインフルエンサーがフロントロウに座る時代。目的と手段がリンクしながら各要素が変化しているわけです。

 ただ、コレクションというスキーム自体は固定されたまま微調整を繰り返して今が成立しています。その反面、そろそろコレクションというスキーム自体を変えるべき時期に来ていると考える人も少なくありません」

 そこで求められるのが“スクラッチ”、つまり新しい施策をゼロから作り上げることだ。

「最も時代に最適化した施策は、そのタイミングごとに“スクラッチ”で作られます。それは、いつの時代も変わりません。手持ちの資産を微調整することでリスクヘッジするのも戦略の1つですが、スクラッチでチャンスを掴むことが勝因になることもある。特に変化がますますスピードアップしているのに多くが旧態然としたスキームをいまだに使おうとするこのタイミングでは、決定的なアドバンテージになり得ます」

 ナカヤマン。は2014年、インスタグラムブーム直前にマスブランドの「ジーユー(GU)」と共に、「ジーユー タイムライン(GU TimeLine)」というプロモーションを仕掛け、大きな成功を収めている。インスタグラムのポストをそのまま購買につなげるという、プロモーションから購買行動までを一気通貫させる仕組みをまさにスクラッチで作り上げ、ジーユーの躍進に貢献し話題をさらった。

 ほかにも、2017年にバッグブランド「コーチ(COACH)」のグローバルコンテンツとして“THE ARCADE”を企画・制作。オンラインとオフラインを横断するコンテンツとして1980年代のアーケードゲームを再構築するなど、オーダーメイド的手法で数々のプロモーションを成功させてきた。実際に彼が生み出した企画の後に多くの類似手法が登場しており、スクラッチによって業界に新たなスキームを作り出した好例といえるだろう。

数字をもとにチャネルを組み合わせる

 では、今後どのようなスクラッチが必要なのだろうか。ナカヤマン。は次のように語る。

「サービス開発でも、プロモーションの企画でも同様のことが言えます。チャネルを組み合わせて必要なボリュームを生み出すこと、それらと相性が良いコンテンツを創ることです。しかし、この2つを同時に企画できるプレイヤーはまだ少ない。今までは、複数のチャネルを組み合わせる必要はなく、どれかを選べば良かった。その時代においてはコンテンツが多少チャネル最適からズレていても、効果を生み出すことができました。しかしこれからは、どのチャネルを選んでも足りることはありません。細分化が引き続き進む以上、チャネルを組み合わせて、足し上げるしかありません」

 これまでナカヤマン。は、全てのメディア(テレビ、雑誌、イベント、インフルエンサーなど)における露出を“仮想インプレッション”のような数値に換算しながら企画を作ってきた。意図的に作ることができる数字と、“生まれるかもしれない”可能性の数字に分けて、チャネルの組み合わせを企画し、コスト配分を決める。もう一方で論理的思考と直感的思考の両方を使いながらコンテンツを創ってきたという。そうして生まれた企画は構造的に、企画段階で安打が確定、多数仕込まれた伏線によりホームランの可能性が相当高い状態になる。事実、彼の作品は常に話題となり、いずれも大きな効果を生み出してきた。

「多様性を前提としたデジタル時代のプロモーションは複雑だと、みんなが思い込んでいます。しかし本当は単純なものの“組み合わせ”でしかない。実際、必要なのは確率と期待値計算のようなもの。高校で習った数学の知識があれば対応できます。しかし目新しい複雑性と対峙して、誰かの真似をして自爆するか、ホームラン狙いで大振りして空振りをするプレイヤーが多い。市場全体が冷静ではないその状態なら、スクラッチのリスクは更に低く見積れます。冷静なスクラッチこそが、かなりの確率で勝利をもたらすと言えるのはそれが理由です」

全ての施策には寿命がある

 オーダーメイド的とも言えるスクラッチ施策は、当然ながら過去の事例がない。しかし、新しい提案を受けた時に類似事例がないことを心配するブランドは多く、過去の事例を真似したところ散々な結果に終わったという事例を多数耳にする。

「過去事例から次の一手を探すような思考はまさにリスクと言えるでしょう。本来は、類似事例がない方が当たり前なのです。案件ごとにチャネルの“組み合わせ”が異なるのは当然のこと。連動してコンテンツも変わらざるを得ません」

 そしてナカヤマン。は問題提起で話を終える。「少なくとも過去のサマンサタバサは、スクラッチで必殺技を生み出したからこそ、あれだけの華やかな成功を収め今がある。そこから我々が学べるのは、あれほど強い必殺技を編み出しても一生は使えない時代だという事実。この速い時代においては、”スクラッチ”を繰り返す必要があります。それはどの企業にも共通する厳しい現実だと言える。その意味で、過去事例から次の一手を探すような思考の企業は、本来あるべき状態の、何歩も前で留まってしまっている可能性すらあります。“スクラッチ”よりも何よりも、それこそが一番のリスクではないでしょうか」。

(文中敬称略)

筆者:角田 貴広