【内田篤人の告白】希望と絶望の狭間で<パート4>。「復帰できないと思っている人たちには…」
その後、シャルケで復帰に向けて調整を続ける内田が10月4日にはMRI検査で「良い結果」を得た。カムバックに向けてひとつ階段を上ったわけだが、そこに至るまでの苦労などを本人の声で振り返りたい。以下のインタビューは、7月にシャルケへ渡る前に記録したものだ。<パート1、2、3>に続き、最終章の<パート4>をお届けしよう。
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──日本代表はどうすれば強くなりますか?
「答は持っていますが、ここでは言えません(笑)」
──戦術関連ではない?
「違います。あっ、この前、本田さんと珍しくサッカーの話をしました。その時にも『どうしたら強くなるか、なにが必要か』って訊かれたので素直に答えたら、『お前もそう思っているのか』って。考えていることが本田さんと一緒だったんですよ」
──本田選手とは、他にどんな会話を?
「監督やコーチのこととかですね。監督でなにより重要なのはカリスマ性。『行け!』って指示されたら、すかさず『はい!』って言えるような存在がベスト、それから戦術を落とし込むのはコーチの役割という認識も本田さんと同じでした」
──そうした話を過去に本田選手とした記憶は?
「ないですね。おそらく初めてです。自然とそういう会話になりました。でも、ちょっと恥ずかしい。基本的に、(代表活動で)サッカーの話を誰ともしないので」
──ここまでの声のトーンから判断するかぎり、ストレスはだいぶ減ったのでは?
「確かに減りましたね。2か月くらい前までは治る気がしなくて、怪我をして初めて苛立ちましたけどね。焦りみたいなものもあって」
──半年前は「焦りはない」と言っていましたが。
「実は、陰では『やべえ、治る気がしない』と思っていました。正直、光が見えませんでした。アスリートはお酒に逃げるわけにも行かないので、気持ち的に相当参っていましたね。でも、今は不思議と不安がないです。これまでちゃんと頭を使ってサッカーをやってきたし、そこまで動けなくてもやれる気がする。もとから動くほうではないので、ピッチでの感覚さえ掴めれば大丈夫かなと。良い話、してもいいですか?」
──もちろんです。
「最近ウォーミングアップの時に訊いているのが、洋楽の『ファイトソング』。歌詞の一部を和訳すると『私の闘いの歌、人生を取り戻す歌、私はもう大丈夫と証明する歌、誰も信じてくれなくたって構わない、だって私にはまだ闘う力が漲っているんだから』という感じで、『これ、俺にぴったりじゃん』って。勇気をもらえる歌に出合えたことは、ひとつの奇跡なんじゃないかと。はい、良い話でした(笑)」
──内田選手の復活を楽しみにしています。
「復活、したいです。光は少し見えてきましたから、あともう少し待ってほしい」
──来季に向けての抱負をお願いします。
「サッカーをちゃんとやって、『内田ってやっぱり凄い』というところを見せたい。復帰できないと思っている人たちには『内田のこと、なめてたわ』って言わせたいです。“アンチ内田”がいてくれたほうが、やり甲斐がある。
応援してもらえる以上に叩かれたほうが活力になりますからね、僕の場合は。27〜28歳という年齢の時に怪我で1年以上もプレーできなければ、『お前、終わりだな』と普通なら思われるけど、そういうのを覆したい」
──強い、ですね。
「ワールドカップとチャンピオンズ・リーグで無理をしたぶん、身体に大きな負荷がかかるのは十分に分かっていた。自ら怪我をしに行ったようなものですよ。でも、後悔はありません。ここから、サッカー人生を取り戻します。誰かのためではなく、自分のために」
(完)
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プロフィール
うちだ・あつと/1988年3月27日生まれ、静岡県出身。176?・62?。函南SSS-函南中-清水東高-鹿島-シャルケ(GER)。ブンデスリーガ1部通算104試合・1得点。J1通算124試合・3得点。日本代表通算72試合・2得点。10・14年ワールドカップ出場。08・09年Jリーグベストイレブン。06年のデビュー以来、あらゆる指揮官に重用される右SB。鹿島でリーグ3連覇を経験し、10年夏からシャルケへ。15年6月に右膝の膝蓋腱を手術して戦線離脱中だが、チャンピオンズ・リーグの出場数はここまで日本人最多。早期の復帰が待たれる。
取材:白鳥和洋・広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)
文:白鳥和洋(サッカーダイジェスト編集部)
